• タグ 『 テメレア戦記 』 の記事

ナオミ・ノヴィク「テメレア戦記」から「4 象牙の帝国」

これまでの巻で敷かれていた伏線が一気に現れ、怒濤の展開に雪崩れ込みました。
後書きによると、全9巻でナポレオン戦争が終わる構成だそうですが、この4巻ラストの状況から一体どんな風に世界を動かしていくつもりなのか、想像もできません。
雰囲気は、3巻の緊迫した状況がそのまま引き継がれましたね。国内に戻ったので多少政治や社交界の話も出てくるようになりましたが、暗く重苦しい空気がずっと漂っている感じです。
1巻ラストのようなカタルシスは、もうないのでしょうか?

2巻の時はヴォリーの笑い話程度だった風邪が、まさかこんな惨事を引き起こしているとは思い掛けないことでした。
テメレア同様、読者である私も、仲間のドラゴンたちに会えると思って楽しみにしていたのに、相変わらず野生ドラゴンたちやイスキエルカの我侭に付き合わねばならず、嫌な感じでした。
また、1巻のトラファルガー海戦でネルソン提督が戦死しなかったため、作中でなんらかの役割を与えるつもりに違いないと睨んでいましたが、少々手厳しい内容でショックでした。英国海軍物でネルソンにこれほど批判的なのは珍しいのでは。

奴隷問題に端を発するアフリカでの紛争も大変でしたが、終盤の大きな方向転換には唸りました。
正直、ローレンスは愛情と敬意を飛び越えて、テメレアに傾倒し過ぎではないでしょうか。2人は別れさせるべきなのかも知れない、と感じます。
勿論、人道的に考えれば海軍省の作戦に憤りを感じるべきなのでしょうが、国を守ることを第一義に考えたら、私もこれを選ぶと思います。自分の祖国、愛する人々を守るために相手を殺すのが軍人だと思うのです。そこで躓くなら、もっと早く退役すべきだった。そして不戦運動をすれば良かった。
市民から突然乗り手になったというなら今回の行動に納得したと思うのですが、ローレンスは所属こそ違えども軍人。作戦を知った他のキャプテンが哀しみに耐えているのに、1人と1匹で暴走した挙げ句、自己満足で本国に戻ることで余計に仲間に哀しみを背負わせることになるのでは?と少し厳しい見方をしてしまいました。
ローレンスとナポレオンが直接の接点を持ったシーンは良かったですが、ローレンスにこの経験が役に立つのか疑問です。

5巻原題は「Victory of Eagles」。
いっそ、ローレンスの裁判中にナポレオンが本土侵攻してきて、勝利してしまうとか、そのくらいの急展開は如何でしょう(笑)。

ナオミ・ノヴィク「テメレア戦記」から「2 翡翠の玉座」及び「3 黒雲の彼方へ」

1巻が面白かったので、2・3巻を一気読み。
1巻が割と冒険活劇でスカっとしたのに比べると、2巻は人権問題、3巻は第四次対仏大同盟と、だんだん重苦しくなってきました。この調子だと、4巻は大陸封鎖令の時代かな。イギリスの苦難が続きますね。
2巻以降テメレアが嵌まってしまったドラゴンの人権問題は、単なるファンタジー戦争史に収まらない、難しいテーマですね。もう少し軽く楽しく読めた方が、個人的には嬉しかったのですが、作品としては非常に重厚感が出て来ました。

一方で、次々と魅力的なキャラクターが投入され、また1巻から引き続き登場している面々もどんどんキャラ立ちして、人物たちのやりとりは増々面白くなって来ました。
私としては、副キャプテン・グランビーの成長ぶりがとても嬉しかったです。1巻初期の反抗的な厭な奴から、本当に気持ちのいい男になりました。
突っ走りがちなタイプではありますが、彼の場合は軍人として自分の立場等を把握し、状況判断した上での言動なので、自分の思うがままに迷惑発言をするテメレアや、完全なる戦闘狂のイスキエルカと違い、自己責任において言動してるところが好きです。竜を得てテメレアのクルーから外れたのは残念ですが、ローレンスとは違う種類の良いキャプテンになると思います。

他の面々では、ドラゴン医のケインズ、万能タイプの諜報員サルカイの今後の活躍に期待したいです。
アルカディたち野生ドラゴンは、オスマン帝国での失敬な退場で出番は終わりかと思いきや、思いも寄らぬ局面で再登場してアッと驚かされました。折角だからこのまま英国に住み着いたら面白いけれど、野生の彼等にハーネスを付けるのは無理かな?

そして、今後も大きな障害となって立ちはだかるだろう、ライバル竜リエン。
執念と憎悪で泥々した感じにゾッとしつつ、敵=ローレンスたちと対峙していない時の穏和な彼女は凄い良い感じなので、非常に複雑です。
ヨンシン皇子はローレンスにとっては敵だったけれど、リエンとの交流を考えるとかなり懐が深く興味深い人物だったと思います。彼の死は、テメレアの今後にとって大きなマイナスだったと思います。

ほんの僅かな瞬間でしたが、ナポレオン・ボナパルト本人が登場したのも見逃せないポイントですね。
何というべきか……私の場合、宙組公演「トラファルガー」のイメージが強く、ナポレオンの台詞がすべて蘭寿とむの声で再生されるため、登場シーンを読んでいる間中、笑いが止まりませんでした。
「わかった、わかった、乳母殿」なんて蘭寿声で脳裏に再生されると、一気にナポレオンへの好感度が上がってしまいます。

逆に、1巻では「立派な士官」だったローレンスが、テメレアへの愛情過多になりすぎて、個人的にはひいてます(笑)。
テメレアを失望させたくないと言う気持ちは理解できるけれど、ちゃんと指導しておかないと、英国に戻った時に社会を混乱させてしまうのではないでしょうか。

少し勢いは落ちましたが、4巻も読みたいと思います。

最後に少しだけ苦言。
2・3巻とも、訳者のあとがきでネタバレされたのが残念でした。少なくとも、イスキエルカの存在は知らずに3巻を読みたかったです。
「読まなければ良い」と言われればそうですけれど、そこに活字があれば読むのは読書人の習性。ましてや、ネタバレがあるとは警告されていなかったのですから。
次の巻へも興味を惹き付けたいという意欲はわかるのですが、少し直接的すぎるのではないでしょうか。

ナオミ・ノヴィク「テメレア戦記1 気高き王家の翼」

【あらすじ】
19世紀初頭、当時、空戦にはドラゴンが用いられていた。
英国海軍は拿捕した仏船から竜の卵を手に入れる。海上で孵った竜の子テメレアは艦長ローレンスを乗り手として選んだ。ローレンスは空軍への予期せぬ転属に戸惑いながらも、テメレアと交流を深めていく。

ドラゴンと人間が共存するif世界を描いた、ドラゴン好きの為の1冊。
ドラゴンと乗り手たちが空軍を構成していると言うファンタジーが、19世紀の実際の戦いに巧くリンクされています。ローレンスが語る海戦の話にネルソン提督の名が出てきたので、個人的にはそこで一気にテンションが上がりました。
史実踏襲で進むので、トラファルガー海戦で仏軍と決着がつくかと思いきや、最後に激しい空戦が待ち受けている構成で、最後まで物語に惹き付けられました。ドラゴンと乗組員たちの集団戦は、迫力の描写に手に汗を握ります。

また、ドラゴン含むキャラクターたちが非常に良い味を出しています。良い人ばかりではないけれど、この独自の世界の中で地に足をつけて生きていると感じられるので、不快感はありませんでした。
特に、獣でもペットでもない、人間よりも優秀な種でありながら人を愛する勇敢で賢い仲間としてのドラゴンたちはどのキャラも魅力的でした。
個人的に欲を言えば、ローレンスがもう少しテメレアのせいで空軍に移籍することの葛藤を引き摺っても良かったと思うのですが、テメレアがあまりに愛らしいので、直ぐ軟化してしまうのも宜なるかな。

巻末に付けられた博物図鑑風のドラゴン論文もいい味を出していて、非常に練った上で、作者が楽しんで書いている作品なのだろうなと感じられます。
続刊も読んでいきたいと思います。