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柚木麻子著「私にふさわしいホテル」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
山の上ホテルに自腹でカンヅメになった新人作家・加代子は、上階でカンヅメ中の大御所作家が原稿を落とせば、自分の短編が大手出版社の文芸誌に穴埋め掲載されることを知る。ホテルメイドの振りをして作家の部屋に押しかけた加代子は、自分と作家の出身大学の文芸部を廃部の危機から救った奇策を夜通し語って楽しませ作家の原稿を落とさせる。見本誌でメイドが語ったものと酷似する短編の掲載に気付いた作家は激怒するが、担当編集は短編の新人作家は別大学の演劇部出身なので、執筆を邪魔したメイドとは別人だと説明する。

何ヶ月か振りに、趣味の読書ができました。

カンヅメさせられる作家は大変なのでしょうけれど、私は職業上、署名なしでしか物を書かない、つまり代用が効く仕事しかしていないので、「カンヅメしてでもその人に書いて欲しい」と思われたい、という気持ちが少しあります。そういう自己顕示欲が強い人間は、テクニカルライターに向かないというのが、この業界の定説ですが(苦笑)。
というわけで、自腹でカンヅメをしたくなる気持ちに共感したくて本書を読んでみたのですが、予想以上に出版界のあれこれを詰め込んだ作品でした。
実在の作家が登場するところに、少し驚きました。

一番面白かったのは本全体のタイトルでもある第一話。
その後も基本はコメディタッチなのですが、加代子の行動が次第にエスカレートしていくので、共感できなくなってしまったのが残念。ある程度は主人公の「ガッツ」だと思って読んでいたし、第四話のように復讐が失敗する分には笑って読んでいられるけれど、第五話になると執念深すぎて怖いです。
最後の章では、加代子以外の視点が主となることもあって、狂気すら感じました。

思わず自分の名前を分析してしまったのが、加代子が書店員時代を経て見出したという、下記の法則。

「あ」で始まる若手の作家は少ない。どこかに「木」が入ると売れる。性別が曖昧な名前は幅広い層にアピールする。

私も「あ」から始まる名前で、4つも「木」が付いてる名前だったりするなぁ……。

解説は石田衣良先生。あまり著作は読まないのですが、解説はいつも褒める文調だけれど、褒められない箇所はきちんとクギを刺す形なので、バランスが良くていいと思います。

阿川大樹著「あなたの声に応えたい」(単行本「インバウンド」改題)

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
東京の商社をリストラされ、故郷沖縄に戻った理美は、コールセンターで働き始めた。クレームや構ってちゃんの自殺示唆、同期の退職に凹みつつも勤務を続けた半年後、会社の代表として「電話応対コンクール」に出場することを命ぜられる。SVからの指導とプレッシャー、同僚の嫉妬に悩みながらも、誰かからのコールに応えることと向き合っていく。

大型コールセンターを舞台にしたお仕事小説。舞台である沖縄の雰囲気も伝わって来て、土地設定が生きています。
読みやすい平易な文章ですが、会社設定や研修内容、実務の描写にリアリティがあり、面白かったです。特に惹きつけられたのが、研修で教えられるいくつかの「スキル」として、真心に関する下記のくだりです。

大切なことは、真心を込めて対応してもらったとお客様が感じることであって、本当の真心は必要ありません。
(「あなたの声に応えたい」第1章抜粋)

私はコールセンターで働いたことはないけれど、電話応対業務はしていたことがあります。その当時に本書を読んでいたら、業務への接しかたが違ったかも、と思いました。

電話応対コンクールは、スクリプトを用意して挑む、ということを知って非常に驚きました。実務能力とぜんぜん関係ない……。まあ、コンクールってそんなものかも知れませんが。

最終的に、理美はコンクールの県大会で終わるのですが、ミス以外は完璧に仕上げることで努力を肯定しつつ、優勝者は尊敬する元上司とすることで、不満の出ない終わりにしてあるのが良かったです。

朱野帰子著「海に降る」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
父親が開発に関わった潜水艦に乗るためパイロットを目指す深雪は、異母弟の存在を知ったことが切っ掛けで閉所恐怖症を発症。耐圧殻に乗り込めなくなった深雪は広報課へ異動し、謎の深海生物“白い糸”を探す高峰と知り合う。父親の影響で海へ導かれた二人は、互いに影響を与え、夢を追う勇気を取り戻す。パイロット候補生に戻った深雪は、高峰と共に深海へ向かい、遂に“白い糸”と対面する。

お仕事小説であり、冒険小説であり、家族小説でもある作品。
面白かったです。

まず、海洋研究開発機構と潜水調査船への綿密な取材に感心します。そして、ドキュメンタリーかと勘違いするほどのリアリティがありつつも、深海というフロンティアをテーマにした創作を作り上げたという点にも引き込まれました。
一度きりの潜行で「竜」を見つけてしまうところは少し出来過ぎだけれど、物語ならではの夢ある良いフィクションだったと思います。

登場人物は総じてアクが強く、特に前半の主人公の鬱屈ぶりや酒乱具合には辟易する面もありましたが、未開の地に挑むにはこのくらいのバイタリティが必要なのかもしれません。

須藤靖貴著「俺はどしゃぶり」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
母校に赴任した高校教師・吾郎は、大学時代に没頭したアメフト部を創立する。肥満児や元球児など、運動に不向きな連中も、次第に激しい練習に没頭していく。試合は記録的大敗続きだが、初得点をネタに納会は大いに盛り上がる。

現代版「坊ちゃん」。
吾郎のキャラクターを楽しめるかどうかで、評価が変わると思われる作品。
私の場合は……残念ながら合いませんでした。
後先考えず、周囲に迷惑をかけて平気でいるのが納得できません。学生時代のバカっぷりを描いた後半の2作品は許容範囲でしたけれど、社会人、ましてや教育者がバカではいけないと思うのです。生徒のカンニングや飲酒を許容するのは、安易な媚びに感じます。放課後に質問に来る生徒たちについて「俺のところには生徒がこない」と開き直っているところから、部活以外の仕事に対する熱意もなくて不快でした。

そんな中でも面白かったのは、登場人物にニックネームが付けられているところ。人物は多いのですが、それぞれに由来があることで、一人一人に個性が出ていました。

また、部活内容は馴染みの薄いアメリカンフットボールものということで、用語の説明はありましたが、肝心のルールが飲み込めていないので、試合中なにをしているのかわかりませんでした。
試合描写を主体にした作品ではないから、このくらいの扱いでよかったのでしょうか。

森絵都著「風に舞いあがるビニールシート」

直木賞受賞作と聞いていたので、長編だと思っていたのですが、なんと短編集でした。

  • 器を探して
  • 犬の散歩
  • 守護神
  • 鐘の音
  • ジェネレーションX
  • 風に舞いあがるビニールシート

計6編収録。

お金以外の大切なものを抱える人の物語です。
お仕事小説の側面もあって、仏像の修復師や国連事務所の事務員など、なかなか珍しい職業を知れたのも面白かったです。

全部が面白いお話と思う作品ではなかったけれど、かなり雰囲気が違う短編揃いなので、好みに応じた作品が一本はあると思います。
私は、一番身近な物語である「ジェネレーションX」が好みでした。しかし、この中から一作を「ベスト」として選ぶなら、表題作「風に舞いあがるビニールシート」になるのは分かると思いました。