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山口瞳・開高健著「やってみなはれ みとくんなはれ」

創業者・鳥井信治郎のウイスキー製造を描いた、山口瞳著「青雲の志について ー小説・鳥井信治郎ー」と、二代目・佐治敬三のビール市場参入を描いた、開高健著「やってみなはれ ーサントリーの七十年・戦後篇ー」から成る、サントリー社史。
途中、味のある柳原良平氏のイラストも挿入されています。

ヒゲのウヰスキー誕生す」で、鳥井信治郎に興味を掻き立てられたので読みました。

芥川賞、直木賞受賞作家の両氏は、サントリーの宣伝部出身なのですね。
提灯小説といえばその通りですが、サントリーはもっとスマートな会社だと思っていたので、非常に豪快かつ難波魂の会社であることに圧倒されました。

鳥井信治郎の人物像が強烈なのと、山口瞳氏の文章の方がさらりと読みやすいこともあって、「青雲の志について」の方が読み物として面白かったかな。
ウイスキーが大いに飲まれた時代があったことが、よくわかりました。

ちなみに、「ヒゲのウヰスキー誕生す」で人格者として描かれていたアサヒの山本為三郎社長ですが、本書でもサントリービールの販売に協力するなど、大局を見る人だったのだなとつくづく感心しました。

筒井康隆著「日本以外全部沈没 パニック短編集」

表題作「日本以外全部沈没」について、一度読んでいる筈ですが、記憶が怪しかったので本書にて再読。
日本人に限らず、人間の本質を描写していると思います。
現代からは旬を過ぎた有名人もいるので、登場人物解説(平石滋)が付いているのが嬉しいところです。基本的には真面目な解説ですが、「もうじきゴドーまでやってくるぞ」という台詞の注釈は下記だったので笑いました。

ゴドー
正体不明の男。姿を現したことがない。

間違いはないけれど、「ゴドーを待ちながら」を知らない読者は置いてけぼりですね(笑)。

その他10編収録のうち「農協月へ行く」は有名なので、他の短編集で既読。
全体的に、斜め上方向にネジがずれた人々による、やや卑猥な話揃い。蠢くエネルギーは感じるけれど、私は肌に合いませんでした。

そんな中「黄金の家」は、星新一のショートショートと言われても納得しそうな纏まりのいいお話で面白かったです。
唯一時代小説である「ワイド仇討ち」も、江戸から明治の時代の移り変わりの描写や、仇討ちの一団に膨れ上がるあたりは面白かったです。

パキラハウス著「ちょっとしたものの言い方」

タイトルに惹かれて手に取りました。幾つか未知の言い回しを知ったり、解説でニヤリと笑わせて貰えました。
前半は社会人経験があれば既知の定型句が殆どでしたが、「縁談」とか「法事」とか、経験がないシチュエーションは、ちょっと勉強になりました。
「(借金返済を)催促する」など、どこが「ちょっとしたものの言い方」なのか?とツッコミたくなる部分もあります。というより、総じて実際に使えないシチュエーションの方が、筆が乗っていた気がします。私が最も筆者の力が篭っていると感じたのは、「抗議する」のシチュエーションでした。

構成は微妙に辞書風。
語に対する解説の頭出しが揃っていないため、目線が一定の動きにならず疲れました。文字が非常に小さいゴシック体であることもあり、終始読み難かったです。

本書に対する直接の感想と関係ないですが、この本が実用書と言えない最大のポイントは、読み手のペルソナ(人物像)が設定されていないことだな、と思いました。
部下から上司、対顧客、上司から部下、同等の立場のセリフが全て纏まっているので、使おうと思ってページをパッと開いても、最初に目にした語を言えば良いわけではありません。
色々なパターンに対応するとしても、例えば章ごとにペルソナを決めて、一定の立場からの発言をまとめるとしたら、もっと実用風になったのでは。
そんな風に、作りについて考えさせられました。

川又一英著「ヒゲのウヰスキー誕生す」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
模造ウイスキーが飲まれている日本で、本当のウイスキーを造りたい。渡英してウイスキー造りを学んだ竹鶴政孝は、帰国後その夢を実現しようとする。戦後不況による資金繰りの難、経営方針との対立、模造品の味に慣れた市場の無理解、他社との価格競争と次々苦難に見舞われるも、政孝は妻リタの支えの下、自分が理想とする本物を造ることに拘り続け、遂にブレンドウイスキーの夢を実現に漕ぎ着ける。

「ニッカウヰスキー」の竹鶴夫妻を取り上げた朝の連続テレビ小説「マッサン」は未見。評判は上々だったように記憶していたので、興味を持っていました。
ただ私はウイスキーが苦手なので、酒造りの要所などは退屈に感じるかもと思っていましたが、全体的に読みやすい文章なので、引っ掛かることはありませんでした。また、大変取材を尽くして書かれているなと感心させられました。
プロローグとエピローグの作者視点の話は、私には少し蛇足に感じます。小説というより、伝記物として書かれているのかもしれません。

作中、竹鶴氏は頑なに「スコットランドのウイスキー」と同レベルのものを日本で造るという信念を通すわけですが、残念ながらそれは技術屋の頑迷さに感じました。実際のところ、山本為三郎社長から彌谷醇平氏を付けて貰えなかったら、どんなにいい在庫を抱えていても、赤字会社のまま終わったのでは、と思います。
「いいもの」を作れば売れるといっても、市場が「いいもの」と思わなければ絵空事ですよね。
また、ウイスキーという酒は、ビールや日本酒、焼酎に比べると一部の愛好家が飲むものという印象があり、国民酒という表現に違和感を覚えました。竹鶴氏晩年の頃はそれだけ全国で愛飲されていたというのなら、その理由も触れて欲しかったです。

リタは、日本人女性以上に尽くす妻として描かれていましたが、幾つかのエピソードから、芯はかなり頑固者だと分かります。
夫婦共、頑固なスコットランド気質故に相性が良かったのかもしれません。

福井晴敏著「テアトル東向島アカデミー賞」

福井晴敏のホームシアター、自称「テアトル東向島」での上演作品からそれぞれ脳内アカデミー賞を決めたり感想を語る、雑誌「小説すばる」連載計79回分のエッセイ集。

まず第一回で……

「火薬量」「アドレナリン分泌量」が選考結果を左右する

と書かれている通り、完全な主観で語っています。最初にそう断っているため、その後のアクション・特撮祭りはいっそ心地よいくらいでした。

ちなみに、ご承知の通り私は映画をほぼ観ない人間です。本ブログには「TV/映画」カテゴリーを用意していますが、これは実質「スターウォーズ」用。そして「スターウォーズ」は私にとって、映画というより宗教のようなものなのでした。
と言っても観ないだけで、映画が嫌いなわけではありません。本作で紹介されている作品は、いい具合に古いこともあってメジャー/マイナーの割合が良い塩梅で、勉強になりました。

ただ、正直に告白すると美川べるの先生の挿し絵――ならぬ「挿しマンガ」が見たくて手にしたのに、点数が10点程度と少なく残念でした。