• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

登場人物の職業が大きく影響する2作品。

近藤史恵著「カナリヤは眠れない」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
新婚の茜は、日々漠然とした不安を抱え、次第に買い物依存症を悪化させていく一方、。雑誌記者の小松崎は、女性のカード破産をテーマにネタを探す中、あるブティックの証言から茜の存在を知る。両者を知る整体師の合田は、茜の買い物依存と鬱が、茜の夫とブティック経営者が仕組んだものであることを突き止め、茜は解放される。

裏表紙のあらすじから、整体師・合田が主人公だと思って読み始めたら、冒頭の買い物依存症の話で「あれ?」と思い、続いて雑誌編集者の視点に変わって「あれれ?」と思いました。でも、どう話が転んでいくのかまったく分からず、刺激的ではありました。
こんな神の手を持つ整体師がいたら、通ってしまうな!

茜と和樹の不倫は、少々残念でした。肉体関係は持たせない方が、後味が良かったのでないかと思います。

津村節子著「土恋」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
佐渡から新潟安田村で唯一残る窯元に嫁いだみほは、義母の介護と看取り、義父の急死から借金の返済に伴う生活苦、台風による釜の倒壊といった苦労を乗り越え、夫啓一が作る生活雑器を支持し続ける。女ばかりの子供たちの中から、長女美子は釜を継ぐと覚悟を決めて辛い修行を始め、姉妹たちも次第にそれを追う。

大変な苦難の生活が描かれていて、派手さはないものの、地道にコツコツと頑張る女の健気な強さ、仕事に生きる男の信念といった部分で読ませる作品。
終盤、「みほの物語」だったお話が段々「釜と美子の物語」に移り変わっていき、結末がやや強引だったところは残念。

モデルになった窯元が実際にあるということに驚きました。

南原幹雄著「天下分け目」

祥伝社から刊行された「それぞれの関ヶ原」の改題。
珍しく全体的に東軍贔屓の短編集。

  • 大木土佐が、加藤清正の妻を大坂から脱出させる「脱出船」
  • 堺の鉄砲鍛冶が伏見城へ銃を納品しようとする「風雲伏見城」
  • 鴻池直文が摂津から清洲へ清酒を運ぶ「天下分け目」
  • 国友一族の大砲建造を描いた「近江国友一族」
  • 石田家臣団からの寝返りを決意する「裏切り一万石」
  • 刑部の首の行方を探す「功名首」
  • 初代半蔵が秀頼暗殺を試みる「虚空残月」

名のある大名ではなく、侍大将以下の武将や市井の人の話にとっても関ヶ原は大きなターニングポイントだったということが伝わる作品揃い。
ネタバレになってしまうため詳細は避けますが、「功名首」で明かされる解釈にはあっと驚かされました。私自身は三成贔屓ですが、大谷吉継が一族や家臣への責任を捨てて友誼を選ぶだろうか? と疑問を抱いていたので、これは結構あり得る展開だと思いました。
「虚空残月」は、アニメ「信長の忍」に二代目半蔵が登場していたので、なんだかタイムリーなお話だったなと思いました。

少しだけ、重箱の隅。
作中、「役不足」の誤用がありました。現代物だと、こういった言葉が誤用されていても「現代語だから」と思って気にしないのですが、時代小説だと少し気になるものだな、と思いました。

福田和代著「タワーリング」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
建築技術の粋を集め、最新鋭のセキュリティを備えた高層ビル・ウインドシア六本木を、目的不明の犯人グループが、最上階に住むビル会社の社長を人質にした上、システムを逆手にビルを封鎖して乗っ取った。社長救出を狙うビル会社社員・船津たちと、突入を計る警視庁は50階へ乗り込むも、思い掛けない方法で犯人に脱出されてしまう。

ビルジャック小説。
犯人たちは紳士的なので、身の危険を感じる事なく楽しめました。悪く言えば、緊迫感が薄いのかも知れませんが、サスペンス系を読み慣れていない私としては、このくらいの適度な刺激の方が安心して読めます。
割と身近にあるけれど、実際は知らない建物の構造や維持管理を生かしている点が気に入りました。
最新鋭の高層ビルの建築技術やセキュリティ、防災システムを説明して、舞台をしっかり組み立てた上に、それを逆手に取る犯人たちのやり口が描かれるので、非常に面白く読みました。

ただ残念ながら、オチで躓きました。
犯人グループの動機が弱過ぎると思います。
一応読み直して、なるほどこう描写されていたか、とある程度納得もしましたが、黒幕は演技派過ぎるし、どのメンバーも「ここまでやるか?」と、途端に腑に落ちなくなってしまいました。
特にロッキーは、「川村を痛めつけたい」という独白があったのに、この計画ではまったく達成できないので疑問でした。

バーネット著 伊藤整訳「小公女」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
ロンドンの寄宿舎に預けられていたクルウ大尉の一人娘サアラは、父の急死により身寄りも財産も失い、裕福な暮らしから一変、屋根裏に追い立てられ使用人にさせられる。しかし貧しい暮らしをしようとも、「公女様のように振る舞いたい」と心掛けるサアラの態度は、密かに人々の心を打っていた。やがて父の共同出資者だった大富豪の紳士と巡り会い財産を取り戻したサアラは、経験をもとに、ひもじい子供への慈善を行うようになる。

世界名作劇場「小公女セーラ」の名前で馴染んでいるため、「サアラ」読みに最初戸惑いましたが、昭和二十八年発行という古い訳本にしては、比較的読みやすい訳でした。

児童文学の傑作だと思います。
本作は、岩波少年少女文学全集かなにかで読んでいましたが、大人になってからは初めての再読。展開は全部知っていたけれど、人々の態度の変化は改めて気付いた点のように思います。子供たちの中で本気でサアラにキツく当たる者は、最初から気が合わない者であって、小さい子供たちは周りの大人の態度に引き摺られているだけだと感じました。

主人公サアラは7歳の幼い少女なのに異常に「できた人間」なので、立派だと感心はするけれど、共感は難しいです。いけ好かないと感じるラヴィニアの気持ちもわかります。
自分の空想に支えられている、という点は、赤毛のアンや少女パレアナ(ポリアンナ)等、多くの少女小説の主人公と一緒ですが、自分の苦しい環境を少し楽にするだけでなく、気高く生きるという時限にまで達しているので、応援せざるを得ないと感じました。
そしてそんな彼女だからこそ、腹が空いていることを激白するシーンでは、アーメンガアドと一緒に衝撃を受けました。
終盤、料理等が届けられる「魔法」の下りは、それを受けるサアラたちの視点からも、仕掛け人の視点からも、嬉しく心が弾み、以降は結末まで暖かい気持ちで読めました。

広谷鏡子著「湘南シェアハウス」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
作家の夏都は、相続した江ノ島の家とアパートを改装し、担当編集者や友人、ファンなど三十代から七十代の女五人で共同生活を始める。それぞれの事情を吐露しつつ、一人ではない理想の暮らしを見出だしていく。

狙ったわけではないけれど、縁があってシェアハウス小説が連続しました(2016年12月21日記事参照)。

「老後は仲のいい友達同士で暮らしたい」と思ったことがある女性は、共感しながら読めると思います。全体的に、同性の気楽な仲良しぶりが面白かったです。
女の園だと陰湿な喧嘩が起こるのでは、と密かに不安視していたのですが、年齢に幅があるためか、それほど大きなトラブルは起きません。男女の間でも普通にありそうな価値観の違いによる揉め事程度でした。アパート内の住人で、恋愛が絡まないのが良かったのかもしれません。

ただし、後半は話がとっ散らかっているような気がしました。特に、別視点のエピソードを挿入する必要性を感じられませんでした。もともと、全体的に夏都視点で固定されてもいないので、なぜあんな読み難い作りにしたのか疑問です。
また、リアリティはほとんど感じません。あくまで、想像上の楽しい生活という印象です。終盤に「若い男の子」を入居させるのですが、この辺はオバサマらしい発想と感じたりしました。