• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

小路幸也著「荻窪 シェアハウス小助川」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
実家で主夫業をして暮らしていた男子・佳人は、母親の勧めで、閉院した病院を改装したシェアハウスで暮らし始めた。大家の引退医師であるタカ先生や、入居者との交流を経て、佳人は自分の目標を見出す。

心優しい人々が集まるシェアハウスのお話。
こんな距離感なら、ぜひシェアハウスで暮らしたいと思える理想的な暮らしでした。
もう少し内部で事件が色々起こるかと思いきや、放火に遭うという外部からの要素がある程度。ちょっとした心のトラブルが垣間見えつつも、淡々と処理されるので盛り上がりは少なめ。
大らかで気持ちのよい空気をほのぼのと楽しむお話でした。

終盤だけ、急に展開が早まって、まるで「打ち切り漫画」のような勢いで畳むのが、少し惜しかった感じ。
お話としてキチンとまとまってはいるのですが、シェアハウス小助川の未来が気になる終わりかたでした。

桐野夏生著「女神記」

【あらすじ】
貧しい島の巫女の家系に産まれたナミマは、島の男マヒトと恋に落ち、密かに交わって子を宿す。しかし姉カミクゥが大巫女となると、ナミマは夜の巫女として、島の禁足地に閉じ込められた。ナミマは、島の掟から自由になるためマヒトと共に脱出し、船の上で娘を産む。だがある夜愛し合っていた筈のマヒトに絞め殺されてしまった。海底に沈んだナミマの魂は黄泉の国に辿り着き、夫への怨みから毎日千人を殺し続ける女神イザナミと対面するーー

南の島がメイン舞台なのに明るさはなく、陰陽や禁忌がクローズアップされた島の祭祀に、日本神話と組み合わされている、陰鬱な湿気のあるお話。
黄泉の国の巫女ナミマとその周辺の物語に関しては、非常に面白かったです。ナミマの語り口にも惹き込まれました。
が、もう一方の軸である二神・イザナキとイザナミの物語は、少々難解というか、イザナキが「八岐那彦」という不死の人間になっている前提部がボカされ過ぎていて、更に宇為子と入れ替わって死ねるようになる、という下りに納得できず躓きました。
イザナキ当人は納得して満足のうちに死んだけれど、残された夜宵やナミマ、イザナミにとって、救いはあったのでしょうか。男の都合に振り回される女たちで終わったような気がします。

本作には、ナミマ以外のイザナミに仕える巫女として、稗田阿礼が登場します(女性説採用)。「為人聡明 度目誦口 払耳勒心」というフレーズ通り才気煥発だけれど、少し調子に乗って喋り過ぎてしまうような部分が、凄く「らしい」キャラクターで面白かったです。

米原弘樹著「ハイスクール歌劇団 男組」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
高校三年の弘樹は、推薦入試の作文に書く「高校生活の思い出」がないことから、宝塚ファンの友人に推され、文化祭で男子高校生だけの宝塚再現をすることになった。全力で努力することを格好悪いと敬遠していた弘樹や仲間たちだったが、次第に舞台の魅力に引き込まれる。主役をやりきり、なりきれば「自信のある自分」になれることを知った弘樹は、自分を試すため受験へ転向することを考え始める。

2012年放送のテレビドラマ「ハイスクール歌劇団☆男組」の小説版。
ドラマは放送当時に視聴しています。

ストーリーラインが単純ということもあって、非常にサクサクと読めました。
たしか、ドラマ版では憧れのマドンナである早瀬まどかが宝塚ファンだ、ということに比重がある「ウォーターボーイズ」タイプだったと記憶していますが、小説版の導入は受験対策であって、まどかの存在はそこまで大きくないのですね。その辺は、進学校らしい理由だなと思いました。生徒数もグッと少なく、現実的な線を突いています。
実際の宝塚に慣れ親しんでいると、一本物の芝居を観に行っているのに「レビュー前に30分の休憩がある」という箇所で引っ掛かったり、誤字(人物名の間違い)で躓かされたりしましたが、舞台への情熱、演じるということが存分に盛り込まれていて、面白かったです。
なにより、これは小説だけれど、実際に東海高校「カヅラカタ歌劇団」という元ネタがあるという事実の重みも感じます。

やる気を見せるのが格好悪いと思う、安定思考な男子高校生たちの悩みは、身近なことに終始していて、その「普通」っぽさと、宝塚をやるという突飛さが面白味になっていると思います。
また、慶介がティボルトのソロ(本当の俺じゃない)への共感を語るところなどは、私にはない観劇観点なので興味深く読みました。

ところで、著者名の「米原弘樹」は主人公名であり、本作の他に著書がないことから、便宜上のペンネームだと思われます。そして著作一覧が記される箇所に、なぜか「タンブリング」の米井理子先生の名前があるので、実際に描かれたのは米井先生ということなのかな……と思っています。

土橋章宏著「幕末まらそん侍」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
全藩士に、安中城から熊野神社まで中山道を走る「遠足」が命じられた。ライバルとの対決、遠足に乗じた脱藩の企て、賭など、様々な事情の元に七里強を走る藩士たち。遠足を通じて仲間や家族との絆を得た藩士たちは、謀反を疑う幕府の密偵たちを退治する。

「安政の遠足(とおあし)」という史実を使い、遠足に参加する藩士たちの諸事情や、走る行程は面白かったです。
殿様・板倉勝明が、名君だけれどどこかトボケた味わいがあるのは、「超高速!参勤交代」の作者らしい、と思いました。
ちなみに勝明は、浅田次郎著「一路」(2016年10月16日記事参照)にて、やはり遠足ネタで登場する、やや脳筋な安中の殿様・板倉主計頭(板倉勝殷)の兄なのですね。なんとなく、血の繋がりを感じて面白かったです。

複数のエピソードが語られますが、敢えて時系列ではなく個別のエピソードでまとめられているため、時間軸で疑問を抱く箇所もありましたが、話の筋は追いやすかったです。
ただ、最後の乱闘は必要があったのでしょうか。映画化が進行中だそうですが、時代劇を撮るならやはり殺陣があった方が盛り上がるから、こういう展開にしたのかしら。他にも、最初から映像化を念頭に置いていそう、と感じる面がありました。

宮藤官九郎著「きみは白鳥の死体を踏んだことがあるか(下駄で)」

小説ともエッセイとも言い切れない、不思議な作品。
全体的に下ネタ満載です。それが田舎の男子高校生の事実かも知れないし、「大人計画」らしいとも言えるけれど、私は度が過ぎた下ネタは苦手なので、反応に困りながら読みました。
でも最後の9章は、ちょっと爽快でした。作中、「この章は本来不要だけどおまけで書き足しました」とでも言いたそうな作者の断りがありましたが、それはかつての武勇伝を語るテレだった気がします。
お話の構成としても、作者の語りが途中途中あり過ぎて、読み難いと感じました。が、これも小説を書いている自分にテレて、こういう形になったのかも知れませんね。

解説は石田衣良先生。本作を多いに褒めて

「宮藤さんの場合、最後の描写力以外は文句なしだった」

と語っています。それに対して私は、描写力を重要視する読者なのかも知れないなぁ……と思いました。