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碧野圭著「半熟AD」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
元ADで無職の田野倉敦は、同じ境遇の先輩が始めたホームビデオ作成事業を手伝う中、引き蘢りの少女沙良から、オーディション用のビデオ作成を依頼される。天才的な歌声に惹かれた敦は、顔を出したがらない彼女の代わりに女装で出演するも、イベントで口パクがバレ、傷付いた沙良は再び引き蘢ってしまう。しかしネットの批判の中から歌を褒める声を拾い集めた敦は、沙良を説得し、二人は路上ライブを始める。その活動から沙良はスカウトを受け、敦は彼女が再び歌い出すまでのドキュメンタリーを製作する。

一応「お仕事小説」ではあるのだけれど、主人公は実際失業中である、という要素がアクセントになっています。
まず、岡本が始める素人相手の映像制作会社「映像屋本舗」という新規事業の切り口が面白いです。TV業界で働いていたプロが、希望のプライベートビデオを作ってくれる、というのは実際に仕事になりそうですよね。犬の飼い主がなぜ敦より岡本のビデオを選ぶか、という分析も膝を打ちました。

そして、ビデオ作りがメインかと思わせておいて、引き蘢りの少女・山口沙良との交流やネットの炎上などの話になっていくのが、予想外の構成で面白かったです。
前半、テーマが不明瞭で色々な要素は詰め込んであるけれどどう展開するのか、と思っていましたが、最後は温かく締まって良い読了感でした。
中でも、依頼主沙良と恋人川島瑞希というヒロイン2人が、良い女&良い女の子だという要素は大きかったです。

道尾秀介著「カササギたちの四季」

【あらすじ】
リサイクルショップで働く日暮の職場では、季節が一巡りする度に、小さな事件が起こる。その都度、店長・華沙々木が披露する迷推理に合わせ、密かに証拠を仕込み、日暮は華沙々木に憧れる少女の菜美のため、ちょっと真実を作り替えるのだった。

ポンコツなホームズ役の為に、ワトソン役が頑張るお話。
同作者の「月と蟹」(2016年10月25日記事参照)が、凄く上手い作品だけれど重過ぎて合わないと思ったのに対し、これは軽い読み物なので気楽に読めました。

最初のうちは、華沙々木のデタラメな推理を「真実」とすべく偽装工作する主人公に苛立ったのですが、3話あたりから、これは「様式美」だなと理解しました。
毎回、和尚に廃品を買い取らされ、戻ったところで事件が起きて、日暮が密かに仕込んだ証拠品で華沙々木が出鱈目な推理をし、最後に日暮がこっそり真犯人と会って真相を読者に知らせる、という展開がされるのです。
そして毎回こういう構造なのだと思わせておいた上で、四話で、この様式美を少しずつズラす構造にしているのが上手いな、と思いました。

しかし、仲間内での話題の為に偽装するだけならともかく、犯罪行為も犯しているので、主人公の行動はあまり納得いきません。
しかし事件の発端はどれも「誰かを思いやっての嘘」だという、優しい物語なので、意外と読了感は良かったです。

お仕事小説アンソロジー「エール!」1巻

働く女性を描いた、書き下ろし短編集。
作家陣とお仕事内容は、下記の通り。

  • 大崎梢「ウェイクアップ」(漫画家)
  • 平山瑞穂「六畳ひと間のLA」(通信講座講師)
  • 青井夏海「金環日食を見よう」(プラネタリウム解説員)
  • 小路幸也「イッツ・ア・スモール・ワールド」(ディスプレイデザイナー)
  • 碧野圭「わずか四分間の輝き」(スポーツライター)
  • 近藤史恵「終わった恋とジェット・ラグ」(ツアーコンダクター)

アンソロジーの良い面がぎゅっと詰まった一冊。
お仕事小説の名手が揃っていることもあり、どの作品も一定以上の水準を保っています。また、全体的に他の作品と軽く繋がっていることもあって、そんな部分でもニコっとしながら読めました。賃金体系や独自の要素等、どの仕事についても知らないことが多く興味深く読みましたが、「金環日食を見よう」は、お仕事小説としては少し物足りなかったかな。プラネタリウムに人を呼ぶ企画の方に重点が置かれている都合上、仕事内容の語りが少なく感じました。
自分の好みとして苦手だったのは、面倒な登場人物が出てくる上、少し哀しい結末の「六畳ひと間のLA」。逆に気に入ったのは、大事件の起きない「イッツ・ア・スモール・ワールド」と「終わった恋とジェット・ラグ」でした。

菅野雪虫著「天山の巫女ソニン1 黄金の燕」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
夢見の巫女となるべく誕生後から天山で修行したものの、見込み違いとして里へ帰された12才のソニンは、口がきけない末の王子の心の声を聞いたことから、侍女として仕えることになる。陰謀により王子たちに毒が盛られ、その犯人にされてしまったソニンだったが、苦難の末、天山で得た知識で王子たちを救う。王子を救ったソニンは、天山を下ろされたことを肯定する気持ちを得た。

素敵なファンタジーでした。
ファンタジーといっても、現実世界とほとんど変わりない地に足の着いた内容で、解説の通りファンタジー嫌いでも読める印象です。

やさしく読みやすい文体からして、子供向けを意識しているのかと思いますが、実際、「自分の子供に読ませたい」と思えるお話です。
一番のポイントは、主人公ソニンが、心から応援したくなる真摯な少女であることです。純真で物を知らない面はあるけれど、馬鹿ではないので、言動にイライラすることもありません。幼い彼女がそう振る舞えるのは、巫女として育って、知恵があるから。「落ちこぼれ巫女」という背景が、プラスもマイナスも活きていると思います。
また、ソニンを取り巻く人々は優しく、家族愛や友情に溢れているけれど、善人しか登場しないわけでないことも良かったです。人の悪意に巻き込まれて、周囲から手のひらを返されたり、家族が後ろ指を指されるという現実が描かれていて、そんな現実に打ち勝つためにはやはり、誠実にできることを全力ですることだ、と教えられる良書だと思いました。

高田郁著「あきない世傳 金と銀 源流篇」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
学者であった父や兄のように「知恵」を得たいと願う少女・幸は、享保の大飢饉を経て、九歳で大坂の呉服屋に奉公へ出された。女衆として働く一方、番頭の治兵衛に認められ、密かに商いの手解きを学ぶ幸だったが、奉公先は主人の放蕩で傾きつつあった。

高田郁先生は、一所懸命に働く若い娘を描く名手ですね。
時代感ごと、じっくり読まされました。

短編連作風だった「みをつくし料理帖」シリーズとは作りが異なり、主人公の幼年期から追っていく大河ドラマ構造になっています。
この1巻は、物語全体からすると舞台を整えただけで、まだ物語の始まりにも達していないように感じましたが、それでも読ませるのは、主人公・幸が今後迎える運命への期待感でしょう。
智蔵との描写をあれだけ丁寧に描いておきながら、徳兵衛の後妻にさせられてしまうとは思えませんが、さてはて……。