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蜂谷涼著「月影の道 小説・新島八重」

会津戦争前後から、夫・新島襄の死までの半生を描いた小説。
前半の会津時代の思い出から会津城籠城戦、京都へ辿り着くまでの展開は、濃密で面白かったです。しかし、新島襄と出逢った辺りから、小説というよりエピソードをただ紹介しているだけの内容になってしまったのが残念でした。
例えば姪・久栄の起こした恋愛問題に関する話は、夫への愛についての考えを示すために挿入されたのでしょうけれど、物語として見るとそのエピソードが久栄のその後に影響したわけでもなく、単純に「そんなやりとりをしました」という語りになっているので、淡々と読んでしまいました。

とても惹かれたのは、親友・中野竹子の描きかたです。第一部は死んだ竹子への語りという形で記されていることもあり、八重の非常に濃密な気持ちが表れていましたし、ここでしっかり描かれた竹子の存在感が、最後まで小説を支えていたと思います。
また、会津人としての誇りが強く語られるのと同じくらい、薩長への憎しみがギッシリ詰め込まれていたのも、気高くあろうとする人間の一面として納得できました。

イーユン・リー著 篠森ゆりこ訳「黄金の少年、エメラルドの少女」

美しいタイトルと裏腹に、非常に深い陰影を持つけれど頑なな人々と、灰色の世界が描かれた作品集でした。

中・短編9作を収録。

  • 優しさ
  • 彼みたいな男
  • 女店主
  • 火宅
  • 花園路三号
  • 流れゆく時
  • 記念
  • 黄金の少年、エメラルドの少女

どの作品も、最初から最後まで読まないと、語っている内容がなかなか掴めない作りだと感じます。
そのため、一作目の中編「優しさ」は、着地点どころか出発点も定かでないまま、淡々とした語りを読まされ、非常に苦労しました。二作目以降は、作風を理解したのと、比較的短くまとまっていたので、ある程度面白がることもできました。
しかし、全体的に人と人の距離や、分かり合えない怖さを漂わせて終わる物が多く、腹の座りが悪かったです。
そんな中、表題作の「黄金の少年、エメラルドの少女」は、割と優しい終わりで、最後にホッとしました。個人的には、読み飛ばしそうなくらいさらっと同性愛者であることを織り込んでいる箇所に唸りました。

表題作の他には、哀しい物語だけれど、三人の少女の別れが描かれた「流れゆく時」が好きです。
また、代理出産を題材とした「獄」は、テーマも興味深いし、無教養・無教育な若い女の描きかたとして勉強になりました。

中島京子著「小さいおうち」

これは傑作!と思いながら読み進めました。
戦時中、一般市民の暮らしは明るかった、という描きかたには頬を張られるような衝撃がありました。
戦前から戦中の時代に、田舎から出てきた純朴な少女タキが、小さいけれどモダンなお家で一生懸命働く姿は応援したくなるし、一方、現代パートでのチャキチャキしたお婆ちゃんだけれど、現代っ子の甥とズレ感があるところが面白いです。
奥様は、作中“人から好かれる”と評されていますが、本当にチャーミングに描かれているので、これなら好かれる、と納得しました。

しかし、最終章の存在が、私には少し引っ掛かかりました。最終章をつけず、タキの回顧録としてまとまっていても、隔靴掻痒とはならないと思います。むしろ、最終章によって新しい謎が生まれ、疑問符を付けることになってしまいました。
作品としては、最終章があることで高評価になっているようですが、私は読み終わってスッキリしたい方なので、ここだけ残念でした。
また、巻末の対談が、解釈を特定の方向へ導こうとしているように見えるのも気になりました。

高橋由太著「猫は仕事人」

【あらすじ(終盤までのネタバレ有り)】
化け猫まるは、妖怪社会の仕置きを行う「仕事人」を引退し、普通の猫の振りをして暮らしていた。ある日、後輩化け猫と飼い主が、悪党に騙され不幸の内に亡くなった。かつての仕事人仲間たちは敵討ちに立ち上がり、そんな仲間の危機を救うため、不殺の誓いを立てていたまるも、もう一度仕置きを行う。

可愛らしい表紙に似合わない、「必殺仕事人」の昏く凄惨な展開ままの構成。
裏表紙解説には「痛快シリーズ」と銘打ってあったのですが、仕置きをするまでの事件の内容が酷いし、報われる善人がいないので、下手人が殺されるだけではスカッとできませんでした。人を殺しても誰も救われない、ということを示唆しようとしていたなら、成功しています。

化け猫という設定が、思ったほど活きていない気がしました。もっと猫らしく軒下で情報収集したり、独自の仕置きをするのかと期待していました。ほとんど人間たちの物語で終始していたので、それぞれ猫を飼い主に置き換えるだけで済む話だと思いました。
猫たちの暮らしや、飼い主の職業についての語り、ぬらりひょんが好々爺として人間にまぎれているなど、設定部分は目を引いただけに、残念でした。

千野隆司著「出世侍」一巻

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
侍になりたいと夢を抱きながら、上州新田郡で下男奉公をしていた藤吉は、働きを認められ、永穂家の江戸屋敷で働くことを許される。中間、若党と出世し、永穂家が取り潰しの危機に陥った事件を、確執のある用人見習いと共に解決した藤吉は、遂に中小姓として取り立てられることになった。

裏表紙解説で藤吉という名前を見て、「木下藤吉郎秀吉」と勘違いして読み始めたのですが、江戸時代の百姓の立身出世話でした。

藤吉は、知識や所持金等を少しずつ積み上げ、チャンスを逃さない、努力型の出世スタイルで、好感が抱けます。
一気に特進するのではなく、段階を経て登っていく姿に、継続こそ力なりの精神を感じました。

物語のスパイスとして用人見習い・覚助との確執がありますが、これも非常に自然だと感じました。
身分制の時代なので、百姓を馬鹿にする武士がいることは理解できます。むしろ、事件が起きたときに犯人に仕立て上げられるのでないかと思ったのに、最初に疑われたくらいで、後は御家のため一緒に犯人探しに尽力するので、社会人として仕事はしていると思いました。その結果、藤吉しか評価されなかったことで、また確執が深くなるという流れも、至極当然と納得できます。
敵役が、ごく普通の生きた男として見えるのは良いですね。