• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

高橋由太著「ちょんまげ、ちょうだい ぽんぽこもののけ江戸語り」

気軽に読めるラノベ風時代劇。
個人的には、時代劇ファンタジーを期待していたのですが、剣客ものとしても、妖怪変化ものとしても中途半端でした。
タイトルにある「もののけ」は、ほとんど感じられません。妖狸のぽんぽこが作中ずっと存在していますし、その他の姿に変化もしてみせますが、本人に「自分は化け狸である」という意識があるのか否かあやしい上、基本的に少女の姿を保っているせいで、少し変わった娘という雰囲気に留まっていました。
私は会話が成り立たない相手を可愛く感じないので、ぽんぽこに対して可愛さより面倒臭さを感じてしまったのも敗因でしょうか。
妖術は出てくるけれど、こちらは強力で都合が良過ぎる存在になっていました。

主役二人が恋愛関係になく、ベタベタしていないのはとても良かったと思います。

ポール・アダム著 青木悦子訳「ヴァイオリン職人の探求と推理」

【あらすじ】
クレモナのヴァイオリン職人ジャンニは、殺された同業の親友トマソが「メシアの姉妹」と呼ばれる幻のストラディヴァリを探していたことを知り、友人の刑事と共に探求に乗り出す。

面白かった!
原題は「THE RAINALDI QUARTET」という素っ気ない題ですが、非常に適切な邦題にされて良かったです。「ヴァイオリン職人」というキーワードがなかったら、恐らく手に取らず、出逢えなかった一冊でした。

連続殺人ミステリーではあるものの、主人公ジャンニ・カスティリョーネは老ヴァイオリン職人ということで、全編に美しさと乾燥と落ち着きが満ちているように感じました。
ストラディヴァリやグァルネリ・デル・ジェスといった名器については勿論、音楽、土地、人に対する考察や描写も堪能できます。舞台となる時間軸・土地が広大で、それに伴い登場人物も多く、少し混乱する箇所がありましたが、その苦労も面倒ではありません。ヴァイオリン経験者なら惹き込まれると思いました。
ただ、ミステリーファンには、肝心の推理が唐突且つ少し無理矢理な部分もあって、批判されそうかな……とも思いました。
殺人事件の推理よりも、ヴァイオリンへの愛と探求がメインのお話として捉えれば、満足できるでしょう。

山崎マキコ著「ちょっと変わった守護天使」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
不倫相手とのゴタゴタで閑職に飛ばされた元バイヤー・本宮つぐみは、ひょんなことから年下で二次元オタクの草食男子・桜井と同棲することになる。憧れの元恋人から結婚を申し込まれつつも、桜井と「そこにいるだけで良い」と肯定し合える関係を築いたつぐみは、自分たちがそれぞれ望むままに生きていくことを選ぶ。

ちょっと変わったタイトルに惹かれて手に取ってみたら、一風変わった表紙だったので、オカルト系かと思いました。実際は、文庫で200ページという文章量と、サクサクとした読書感で、疲れている時でも楽しめるハッピーエンドのファンタジック恋愛小説でした。

仕事に全力だった三十代の女性つぐみと、三次元に興味がないオタクの桜井というカップル設定が、一番惹き込まれた点です。
私の場合、仕事人間で過密スケジュール大好きだけれど、オフではオタク趣味に生きていたり、蓄財は好きだけれどパッと外食に使うのも躊躇わなかったり、自炊の食材には拘るけれど面倒なときは栄養補給さえできていれば良いと思っていたり、と二人の意見がわかるので、「あるある」と思いながら読めました。

桜井はオタクにしては社交的過ぎて、純真で、絵にかいたような理想的な彼氏です。リアリティはないけれど、オタクを良い男として描いているのは珍しいし、なんとなく嬉しいですね。

フィリップ・リーヴ著 井辻朱美訳「アーサー王ここに眠る」

【あらすじ】
孤児の少女グウィナは、アーサー王に仕える吟遊詩人ミルディンに拾われた。水潜りの上手さを見込まれたグウィナは、ミルディンが演出する“魔法”の片棒を担ぎ「湖の精」としてカリバーンを王に渡す。その後、湖の精の正体を隠すためミルディンの従者として少年を演じていたグウィナだが、やがて年頃になってしまい、王妃の侍女になる。ところが今度は王妃の不倫の片棒を担ぐ羽目になり、逆上した王に誅される寸前、辛くも逃げ出す。男と女で入れ替わる生活の末、ミルディンと王の死を看取ったグウィナは、アーサー王の最後の戦いを語る新たな詩人となっていた。

斬新なアーサー王物語。
アーサー王がいかにして伝説になったかという「現実と物語」を描くと同時に、グウィナが演じる「少女と少年」という二つの生きかたを描く、二重写しのお話です。
ミルディン(マーリン)が、ケチな戦いも大きなもののように吟じてアーサーを支援することで、伝説がどんどん膨れあがっていくのが面白いです。正確な情報が得られなかった時代であり、口コミの力を感じます。
本作のアーサーは高潔な王ではなく、その時代にごく普通にいた略奪者の一人に過ぎないし、円卓の騎士も、彼と行動を共にするごく普通の戦士たちでしかないのですが、それゆえ等身大の人物が描かれていて、伝説よりも生き生きとしていると感じました。

以下、私が本作に惹き込まれた箇所の引用です。

なんだかふたりのアーサー殿がいるような感じになってきた。わたしの故郷を焼きはらった冷酷な男と、ミルディンの物語の中に住んでいて、魔法の鹿を狩ったり、巨人や山賊と戦ったりする別の男と。物語の中のアーサー殿のほうが好きだったが、そのいさおしや神秘のいくらかが現実の男のほうにもふりかけられて、収穫の季節に砦にもどってアーサー殿に会ったときには、わたしはどうしても、この男がアイルランド海でガラスの城を手に入れたり、<黒い魔女>を桶のように真っぷたつにしたりしたときのことを考えてしまった。

実のところ、月組公演(アーサー王伝説)の予習として読み始めたのですが、アーサー以外の登場人物名が、見知った円卓の騎士とまったく違うので、最初は混乱しました。
しかしそのお陰で、ランスロットに当たる人物が登場しても分からない、という効果があったと思います。アーサ王伝説である以上、王妃が不倫するのは当然なのに、その瞬間まで気付かず、主人公と一緒にショックを受けました。

訳文は、児童書っぽい感じでしたが、お話が一区切りごとにサクサク進むので、比較的読みやすいと思います。
少し硬質な部分も含めて、血腥さと森と土の匂いがする、ブリタニアの物語を堪能できました。

武田泰淳著「十三妹」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
安公子と結婚した女傑・十三妹は、科挙(会試)に向けて猛勉強する夫を陰ながら助ける一方、包公と襄王の間で二分される国家の戦いにも巻き込まれている。三位(深花)で科挙に合格した夫の祝いの中、十三妹と好敵手・白玉堂は、襄王に使える忍者から挑発を受けた。白玉堂は洞庭湖を目指して去り、翌朝、十三妹も姿を消す。

画像は中公文庫版ですが、私が読んだのは「武田泰淳全集 第九巻」です。

中国三大古典「児女英雄伝」「三侠五義」「儒林外史」を切り貼りしたお話。
女武侠者・十三妹の活躍を描く武侠小説のはずですが、どちらかというと、“出来過ぎた女性と結婚して「妻に守られる夫」の立場に甘んじる男”安公子の苦悩が面白かったです。最後は、安公子が夢の中で十三妹に切られた自分の首が埋まっているのでないか、と地面を見るシーンで終わることもあり、安公子の物語だったように思いました。
肝心の十三妹は、様々に活躍するものの、何を考えて行動しているのか分かりません。特に、忍術を駆使して、安公子を三位合格させてしまうのは少々酷いと思いました。夫の努力を完全に無視しているのか、無駄だと思っているのでしょうか。それなら、なぜ安公子と結婚したのかと思いました。

中国モノなのに、突然現代的な言葉が入ってきたり、作者の発言が混在していたり、台詞の前に発言者名が書いてある箇所もあったり、書きかたはいい加減です。
しかし講談だと思えば、軽く読めて面白いと思いました。
純粋な物語としては尻切れとんぼですし、「ねずみの話」等、唐突で挿入の意味があったか分からないシーンも多く、あらすじを纏めるのには苦労しました。