• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

安部龍太郎著「佐和山炎上」

戦国時代から明治維新までの、歴史小説短編集。
1本目は信長の比叡山焼き討ちを解く話ですが、その他は、イギリス公使オールコックの通訳・伝吉(ダン・ケッチ)など、他では余り見ない題材が多く含まれていました。
表題作は、西軍が破れた後の佐和山城落城に関するお話。関ヶ原の戦いは複数読んでいますが、その後の佐和山城について読んだことはないので手に取りました。
全体的に、どこか「遣り切れない」短編が多く、伝奇要素が強いのは安部氏らしいと思いました。
意外と、怪談話の「魅入られた男」が面白かったです。

フレドゥン・キアンプール著 酒寄進一訳「幽霊ピアニスト事件」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
1949年に若くして死んだピアニストのユダヤ人アルトゥアは、覚醒した瞬間、1999年のドイツのカフェでコーヒーを飲んでいた。現代の音大生たちと友人になるアルトゥアだったが、ある演奏会を切っ掛けに殺人事件が起こり始め、容疑者になってしまう。アルトゥアは50年前の出来事と現代の知識から、犯人である蘇った男との因縁を解き、死者は再び眠りにつく。

単行本版タイトルは「この世の涯てまで、よろしく」。
どちらの題名も、あまりピンと来ない作品です。この中では、訳者あとがきにある原題「Nachleben(記憶の中に生きること)」が一番しっくり来ると思います。

序盤は、現代に蘇った1930年代のピアニストの青年の眼から世界を観る皮肉っぽさに味がありました。その調子と、幽霊が主人公かつ恋愛の予感もあることから、ファンタジックな展開になるのかと思いきや、蘇った友人と出逢って以降、現代のアルトゥアと、50年前のアルトゥアの物語が交互に描かれ、戦場を知らない知識人にとっての戦争と、迫害から逃げ続けた日々が分かるようになります。
率直に言って、私は現代パートと比べてしまうと、戦時下の亡命生活の方がぐっと面白く感じました。
特に、事件の犯人であるアンドレイを追う期間が長いのですが、作中の「幽霊の世界」のルールがそこまで重要と思わず、よく飲み込めないまま読んでいたので、状況が理解し難かったです。そのため、50年前の出来事の続きを読む為に、あまり興味が湧かない殺人事件関係の話を読み進める、という具合でした。
最後は少し呆気なく性急に畳んでしまった上、裏付けがないので腑に落ちなかったのが残念。

全編的に、描かれているものは愛と殺人で、哀しみが溢れているのに、なんとなくドライな独特の雰囲気がありました。主人公のキャラクターに起因するのでしょうが、ドイツ文学の一面でもあるのかな。
作中に登場する曲を良く知っていると、アルトゥアが現代の弾き手を腐す部分等がもっと楽しく読めたのでないかと思います。

成田名璃子著「東京すみっこごはん」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
幼い頃に母を亡くし、母の味を知らずに育った楓は、ふとした切っ掛けから、「すみっこごはん」という店に通うことになる。その店は、集まった人がレシピノートに従って家庭料理を作るという不思議な形態で運営されていた。やがて、レシピノートが「娘に母の味を残したい」と願った楓の母親によって作られたものだったことが分かり、楓は母の味を継承していたことを知る。

短編構成。
最初にある楓の苛めエピソードは最終的な着地点が物足りなくて、せっかくのお料理小説なのに消化不良感を感じましたが、以降のエピソードはなかなか面白かったです。
特に最後のエピソード「アラ還おやじのパスタ」は、色々やられた感がありました。「すみっこごはん」という場所に関する謎が解消され、きちんと一冊で完結しているのも良かったです。

もちろん、調理から食事シーンまでも力が入っています。ちゃんと自分で出汁をとった料理を作りたくなりました。
また、料理下手なOL奈央のダメ料理も、読んでいる分には被害がないので楽しめるのが、読書のいい点です。

伊吹有喜著「BAR追分」

【あらすじ】
新宿追分の「ねこみち横丁」に、昼は「バール追分」、夜は「バー追分」という二つの顔を持つ店があった。ひょんなことからねこみち横丁で暮らすことになったライター志望の青年宇藤は、店で横丁に訪れる人々を観察することになる。

短編構成。
新宿伊勢丹の裏手、新宿三丁目交差点の辺りと言われている土地をイメージしながら読みました。
本当にありそう、あっても良さそうと思う空気感で、ほっこりしました。

北川恵海著「ちょっと今から仕事やめてくる」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
ブラック企業に務めて衰弱した隆は、路線に落ちかけたところを、中学時代の同級生「ヤマモト」と名乗る男に助けられる。かつて、過労による心神喪失で双子の兄弟を失ったヤマモトによって、隆は職を失うよりも自分が失われることを悲しんでくれる家族の存在を思い出し、会社に辞表を提出する。

本書の秀逸なところは、サラリと読みやすいことと、キャッチーなタイトルだと思います。
内容は、率直に言って薄いと思いました。

今現在、楽しく仕事している私ですが、社会人1〜3年目の頃は、不愉快な上司と性に合わない勤務内容のコンボで「辞めてやる」と思ったこともあります。
そのため、最初のうちは「そんなこともあるかも」と思いながら読んでいたのですが、主人公・隆の勘の悪さや要領の悪さ、そのくせ上司には何も言えず無言なことなどが癇に障って、イライラしてしまいました。
同級生だと思っていたヤマモトの正体があやふやになる分が、一番面白かったです。

ポール・アダム著 青木悦子訳「ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密」

【あらすじ】
ヴァイオリン職人のジャンニは、楽器の緊急修理を引き受けたことで、若き天才演奏家エフゲニーと知り合う。彼の演奏会の翌日、美術品ディーラーが死体で発見された。ディーラーは、エリーザ女公がパガニーニに贈った、黄金製の超小型のヴァイオリンケースを所持していた。ジャンニは、中にあった筈の小型ヴァイオリンの行方と、女公の手紙に書かれている失われた楽曲の謎を追い始める——。

前作はヴァイオリン職人、今作はヴァイオリン奏者パバロッティにまつわる探求物語。
今回は被害者や犯人の求めるものが分からない状態から始まるため、事件が複雑ですが、推理要素はやはり味付けです。犯人は、前作に比べれば伏線があったと思いますが、やはり拍子抜けしました。一番致命的なのは、登場時にこれといった印象がないせいで、犯人として再登場しても「誰?」となり、登場人物解説に戻らざるを得なくなることだと思います。そもそも、ジャンニの推理力が高過ぎたり、偶然を引き寄せる力が強過ぎます。
そんなわけで、相変わらずのウンチク小説ですが、品とウィットがあって勉強になって面白い点も変わらず、満足しました。

解説はピアニストにしてエッセイストの青柳いづみこ氏ですが、欲を言えばヴァイオリン奏者の方が良かったかな。
冒頭の物語をかいつまむだけの解説で、残念でした。