• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

白川紺子著「下鴨アンティーク アリスと紫式部」

【あらすじ】
兄と下宿人・慧と共に暮らす旧華族の高校生・鹿乃は、虫干しのため、開けてはいけないと言われていた蔵から着物を取り出した。ところが、蔵の着物には何かが憑いていた。鹿乃は、着物に描かれた源氏車が壊れたり、長襦袢が泣き出したりと、次々起こる怪異に対処していくことになる。

アンティーク着物をめぐるミステリー、と裏表紙にあったのですが、完全にファンタジーでした。普通の日常ミステリだと思っていたので、謎=怪異だったり、解決方法が霊的なものだったりということに面食らいました。
そんなわけで、最初の一話は戸惑ううちに読み終えてしまったのですが、古き良き少女小説と思って読めば、面白かったです。
着物の話や合わせかた、古典や能等の話が多く盛り込まれているので、教養レベルは結構高め。怪異も含めて、我々が夢想する“憧れの古都”の雰囲気が楽しめました。探偵役の鹿乃は、決して頭のいい少女ではないものの、きちんと躾けられた少女として振る舞うので、旧華族という設定も嫌味がないし、安心して読めます。

本作は集英社オレンジ文庫というレーベルで出版されていますが、ノリはコバルトと大差ないように思います。特に、恋人役が年上で教職という設定から、日向章一郎の「星座」シリーズを思い出しました。

谷瑞恵著「思い出のとき修理します」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
恋人と別れ仕事も辞めた明里は、20年前の夏休みに一度だけ預けられた祖父母の美容室を借りて暮らし始めた。ひょんなことから、商店街の人々の苦い思い出を知ることになるが、それらは誤解やすれ違いがあっただけで、本当は温かく優しい出来事であった。やがて、明里自身が抱いていた祖父母にまつわる苦い記憶も懐かしい思い出に昇華され、美容師を目指した自身を肯定できるようになる。

5つの短編から成る連作。
日常ミステリとしては、全体的にややファンタジックな面が多く、読者に推理させる気はないと感じます。でも、個々のオチには一応理屈がついています。
そもそも、物語の主軸は明里と時計屋さんの過去と恋愛模様だと感じたので、そちらを楽しみました。二人とも三十代ということで、比較的落ち着いているのと、時計屋さんが好意を隠したりせず、明里も決して鈍感でないのは好感を持てました。明里の精神的な弱さには少しイライラさせられましたが、自分探しモノの主人公としては仕方ないかな。

無意識の内に人を勝手な名前で呼ぶ明里ですが、「時計屋さん」という呼称は、本人のキャラクターの温かみも伝わってくる良い呼称だと思います。
太一のキャラクターは、大学生としては現実味がなかったです。もっと子供なつもりで読みました。しかしトラブルメーカーというほど面倒を起こすこともなく、その点は意外でした。

悪意のある人は一切登場しない、全体的に優しい世界です。また、寂れた商店街という舞台設定ながら、浮世離れした雰囲気が漂っていて、どちらかというと寂しさよりも温かい余韻のあるお話でした。

池部良著「風の食いもの」

食べ物にまつわるエッセイ。
連載の筈ですが、何度か同じエピソードが語られることがあったり、そうでなくとも、何処其処で振る舞われた料理が不味すぎて失神しただとか、似たような話が多いです。
そのため、クドく感じることがありました。
でも戦地での食事話は、どれも面白かったです。食べ物の怨みは恐ろしいですね。
また、文章自体は、1話が5ページ程度で簡単にまとまっているのと、語りが江戸っ子のリズムで心地よく、サクサクと読めます。

嶋中労著「コーヒーに憑かれた男たち」

日本における自家焙煎珈琲の世界を描いたルポルタージュ。
銀座「カフェ・ド・ランブル」の関口一郎氏、南千住「カフェ・バッハ」の田口護氏、吉祥寺「もか」の標交紀氏への取材を中心に、難波の喫茶店「なんち」襟立博保氏についても触れています。
彼等が信ずる深煎りコーヒーやオールドコーヒーの是非はともかく、1つのものに情熱を傾けている姿というのは、やはりどこか惹かれるものがあります。こんな世界があるのかと学ばされ、読んでいて面白かったです。深煎りコーヒーを一杯、飲んでみたくなります。狂人レベルの頑固職人ばかりなので、田中護氏以外は知り合いたくない感じでしたが(笑)。

乾石智子著「夜の写本師」

【あらすじ】
3つの宝石を持って生まれた少年カリュドウは、育ての親を国の最高権力者である魔道士アンジストに殺害され、復讐を誓う。魔法を学び始めたカリュドウは、やがて魔道士の手に寄らず魔法の効果を得る本を作る「写本」の技術を知り、修行の末に写本師となる。一方、アンジストの弱点を探る中で、カリュドウは己が3つの力、月と闇と海の力を持ちながら、そのすべてを愛するアンジストに奪われた乙女シルヴァインの生まれ変わりであることを知る——

ハイ・ファンタジーの新たな名著!
子供時代に、当時は三部作だった「ゲド戦記」を初めて読んだときのような、異世界そのものを目の当たりにしている感覚を受けました。
国ごとに景観や人々の性質が異なり、カリュドウの4つの生と一緒に、それぞれを見て回れるのでワクワクします。
また、多彩な魔法も魅力的です。人形を使った魔法、書物を使って発動する魔法、生け贄を使う呪法など、様々な魔法が描かれますが、それぞれが緻密に構築されていて嵌ります。

作中ではなんと1000年に渡る時間が描かれていて、物語自体に厚みがありますし、描写も緻密です。
そして、なんと言ってもテーマが復讐ということで、全編に凄みがあります。読んでいる最中、どこか乾燥した空気を感じるのは、あらゆるものを奪われて乾いたカリュドウの心の現れでしょう。
ただ、あまりに硬派過ぎて肌に合わない人もいそうです。遊びがないので、息詰まる面もあります。精神的に追い詰められているときは読み難いだろうと感じました。でも実は、最終的に「悪い者」はおらず、復讐を遂げた後に救済が待っているので、気持ち良く読み終えることができました。

難を言えば、夜の写本師となってエズキウムに帰って来てからのカリュドウには共感し難い面があったり、巧く回りすぎると感じたところもあったりはします。
また、本好きにとっては、魔法の本と写本師という設定で印象が底上げされているかも知れません。でもそれも設定の巧さだと思いました。

開高健著「戦場の博物誌」

実際の文字数と関係なく密度を感じる作品集。
表題作は、博物誌という名前の通り、ハゲタカやカモシダなど、細かい章立てで語っています。当然、一編はさほど長くないはずですが、凄い長編大作を読んでいるような気がしました。
逆に、米軍曹長の休暇に付き合う「兵士の報酬」や、正月休戦を描いた「岸辺の祭り」は、東アジアにおける洗面器の使われかたを語る「洗面器の唄」より長文なのに、短編だと感じました。描いているテーマと地域の広さの差なのでしょうか。

小説ということになっていますが、ルポルタージュのようでもあり、非常に不思議な読書体験です。
最終話「玉、砕ける」以外は、死が日常の中に組み込まれている戦地の空気感があります。受け手の私はそこまで器がないので、巧く飲み込めないところもありました。また、語り手となる主人公達は、今風にまとめると戦場で「自分探し」をしているように見えて、共感もできませんでした。