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宮城谷昌光著「沈黙の王」

表題作含む5編を収めた、古代中国物短編集の新装版。
甲骨文字を生み出した高宗武丁を描く「沈黙の王」が目的でしたが、文字を生み出す作業そのものを描くのではなく、高宗武丁がのちの宰相・傅説を得るまでの貴種流離譚でした。そういう意味では期待外れだったけれど、古代中国の風土を感じられて勉強になりました。

文章は、最初は事柄を列挙しているような、とっつきにくい印象を受けたのですが、読み進めていくと独特のリズムと語彙の豊かさに飲み込まれました。

しかしーー私の中国物に対する苦手意識は増した気がします。
子供時代に「三国志」岩波少年文庫版を読んだのが精々で、多くの長編は途中で挫折しています。
土地に合わせて作品スケールが大きいものが多いし、欧米とは異なるエキゾチックな異国の魅力もあるし、様々な歴史上の逸話の宝庫で、読まないのは勿体無いと常々思うのですが、苦手なのだから仕方ありません。

苦手意識を生む一番の要因は、登場人物の名前が、一族で似ていて覚えられないことでないか、と思っています。
人名の表記も、本名や字や官位で揺れがあるので、誰を指しているのか分かり難いと思います。当時の人々が呼び分けていたのは事実だとしても、せめて地の文では一定にして欲しいです。

また本書を読んでいて、官位を原語で表すことが難しい印象を増していると思いました。
これが西洋物なら、日本語に訳しているわけですし、多少原語感を残すとしても「皇帝」と書いた上で「ツァーリ」と読ませるなど、字面でわかりやすくできます。しかし、本作のような中国物は中国語での官位名をそのまま使う例がほとんどです。でも私のような中国物に明るくない読者では、「卿」「司徒」「傅」と言われてもピンときません。「司馬」に至っては、人名だと思って読んでいました(実際、司馬姓の登場人物もいるので、なかなか勘違いに気付きませんでした)。
本書は比較的説明してくださっている方だと思いますが、常識レベルのように書かれているところもあり、入門編としてはハードルが高い作品でした。

もしかしたら、本書はもともと、宮城谷先生のファン向け短編なのでしょうか。
例えば「鳳凰の冠」で、主人公が見初めた女性を「夏姫の娘」だと聞かされ愕然とするシーンがあります。しかし、肝心の夏姫という人物に関する説明がないので、「夏姫春秋」を読んでいない私としては何が問題なのか分かりませんでした。
もっと中国物に詳しくなってから読みたい一冊だったかもしれません。

柴田よしき著「風味さんのカメラ日和」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
実家に出戻った風味は、幼馴染の頼みで、市が開く1年間のカメラ講座に参加。写真に興味はなかった風味だが、ちょっと天然な知念先生の講座を通して、カメラの面白さを学ぶと共に、次第に老若男女の受講生の写真に現れる悩みが解決されていくーー

220ページという薄さですが、4章収録。主人公はタイトルロールの「風味さん」ですが、視点は固定されておらず、各生徒に順次スポットを当てていく作りなのでオムニバス風でもありました。
根本解決しない話が多くてスッキリはしない、というハンデがあるにも関わらず、読了後の印象は「面白かった」になりました。
ただ、一冊で完結しているのかと思いきや、続編を想定した作りだったので驚きました。この調子だと、全3巻くらいで一年間の講座を描き、生徒たちの問題を解決しつつ、最後に知念先生の謎に迫るのかしら。

「デジタルカメラはじめて教室」が舞台であり、写真を撮る行為や、撮った写真から話が発展するということもあって、カメラに関するハウツー本か?と思わされる記述もあります。読書のついでに知識も得られてお得といえば、そうかもしれません。私は、技術的なことは斜め読みしてしまいました。
しかし、カメラの話に直接興味がなくても、人間の機微に関してはなかなか勉強になります。
インスタグラムでフォロワーが増えない理由として、雑多な写真をアップしているからでないか、と先生が分析するくだりは、このブログのことだ!と思いました(笑)。
もちろん、このブログは自サイトの1コンテンツであり、単独でのアクセス増を目的としていないのですが、テーマが決まっている方が読者には良いですよね。いつも創作以外の雑多な記事で申し訳ありません。まあ、今はほとんどゲームブログ状態かしら?

主人公の職業設定は、3章で明かされるまで気付きませんでした。
「妄想なら外見は関係ない」というヒントで、官能小説作家と予想したのですが、もう一捻りされていました。ただ、一般図書で特殊性癖を事細かく説明しなくてもいいのでは、と思いましたけれどね。
書きたい物語のはずなのに書けない、というジレンマはよくわかるので、続刊があるならば、風味がその壁をどう乗り越えていくのか注目したいです。

蒼月海里著「幻想古書店で珈琲を」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
名取司は魔法使いを自称する古書店主・亜門によって「人生」を本にされたが、出来上がったのは白紙で中身がない本だった。古書店で働くことになった司は、本に関わる「不思議」に巻き込まれ、次第に本や亜門に惹かれていく。亜門と打ち解け彼の悔恨を解いた司が自分の本を紐解くと、「亜門と親友になる」と一行目が浮かび上がっていた。

短編3編構成。
近年多い、一般レーベルで出されたライトノベルです。

続刊が出てシリーズ化していることからわかる通り、受ける要素は一通り揃っています。ファンタジー設定だから現実味が薄いお話でもさほど問題ないし、本は今後も増えるからネタにも困らないでしょう。その雰囲気と発想には感心しました。
しかし、私の好みとは合いませんでした。
最大の原因は、キャラクターです。
まず話が進むごとに、主人公の司が鼻につきました。私には「社会人男性」とは思えない言動と思考で、彼の視点で読み進めるのが苦痛でした。ただ、もし彼が高校生アルバイトという設定なら、思慮の浅さや友人の言に影響されるところも許容できたと思います。
司と亜門以外の登場人物は極少ないのですが、終盤に大きな役割を果たす主人公の友人・三谷も、人物像が見えなくて落ち着きませんでした。一話で、彼とは友人だけれど親しい仲でないと設定されていたのに、会話自体はやけに親しげで胸を開いた内容です。そして、3話での彼は都合よく悪魔学に興味を持ち、魔導書を持ち歩いていたことから、主人公と亜門の関係に大きく影響を与えます。
……私には、彼が話の都合だけで動いているように見え、気持ちが冷めてしまいました。

また、「人生が本になる」という魅惑的な設定なのだから、司の本に生まれた一文も、続きが読みたくなるような小説らしい書き出しにして欲しかったです。そうしたら、いずれ「司の本」という書き下ろしに出来て、面白かったかもしれません。

そんな訳で、私には合いませんでしたが、普段あまり本を読まない人が本書に触れて、まず作中に登場する本から興味を持って読書家に育っていくーーという一冊目としては、程よい軽さで良さそうです。
主人公が本に興味のない設定も、それを狙っているのかなと思いました。

安田寛著「バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本」

日本で100年以上愛用されている「バイエル・ピアノ教則本」の作者「フェルディナント・バイエル」は、誕生年月日と誕生地、没年月日と没地は明らかでありながら、その記録がなく、誰も経歴を知らない謎の作家であったーー

ということで、作者が6年かけて「バイエル」のルーツを探す本。
「バイエルの謎」というタイトルに疑問を抱いて手に取り、確かに教則本の「バイエル」は知っていても、作曲家「バイエル」とはどんな人物なのか知らないことに気付かされました。
筆者が、バイエルは何者か、複数人のペンネームでないか等推理して、現地を調査し、資料にあたっていくと言う調査の過程が詳しく描かれています。
探索の過程がほとんどで、いささか脱線傾向と思うところもありました。研究としては、少し雑に感じる部分もあります。しかし地道で芽の出ない調査を続けて諦めていた頃、ささやかな切っ掛けから謎が解ける快感と、明らかになったルーツから「バイエル・ピアノ教則本」が本当に目指していたものが見えた時の感動は、作者の6年に読者が寄り添うことで得られたものだと思います。

ちなみに、バイエルの伝記マンガがあるじゃないか、と思って取り寄せたら「フィクション伝記」だったという下りは笑ってしまいました。
書籍名などは伏せられていましたが、下記の本ですね。確かにAmazonの商品説明にも、「創作した漫画でバイエルの人生を描く。」と書いてあります。

また、この話にはオチがついています。
それは、本書執筆後、Googleブックスで検索すると、1863年6月1日発行の「南ドイツ音楽週報」でバイエルの生涯が分かるようになっていた、ということ。いや本当に便利な世の中になったものです……(苦笑)。

平岡緑訳「最後のロシア大公女マーリヤ 革命下のロマノフ王家」

ロシア革命を生き延びた大公女マリア・パヴロヴナ・ロマノワ(Maria Pavlovna、本書ではマーリヤと表記)の筆による、自身の半生記。
マーリヤは、現在宝塚宙組で上演中のミュージカル「神々の土地」の主人公ドミトリー・パヴロヴィチの実姉です。舞台には登場しませんが、同作は本著に強い影響を受けていると思いました。
最初にそう感じたのが、序文のこの下り。

父祖代々、ロマノフ家の者達は、その偉業においても、またその失政においても、ロシアの栄光と国益を自分達の個人的事情に常に優先させてきた。ロシアは、彼らにとって霊魂と肉体の一部だった。ロマノフ家の者達にとって、今まで祖国のために強いられた犠牲が大き過ぎたと言うことは決してなく、彼らは生命に賭けても、ロシアの大地が自らの霊魂であり肉体である証を立ててきた。

また、「神々の土地」のヒロインのイリナは、エラ伯母(エリザヴェータ)の年齢設定を変えたものと思っていたけれど、実際はさらにマーリヤの要素を加えたキャラクターだったように思います。

舞台との関係性は置いても、とても面白かったです。
470ページ、フォントサイズ極小、古めの訳という三重苦でしたが、非常に惹きこまれて貪るように読みました。
大公女の歯に衣着せぬ物言いで、ロシア皇族の暮らしが眼前に蘇るようでした。革命に関しては後から知った事実の付け加えや伝聞が多いですが、渦中にいた当事者にしてみれば、目の前のことしかわからないのが当然だろうと思います。
革命が起きたら、貴族は即逃げて行ったんだろうと思っていたけれど、普通に国内にいたのですね。国を捨てるなんて考えられない事だったのでしょう。
残念ながら最後は尻窄みに感じたけれど、回顧録という形式上、オチは付きにくいので仕方ないですね。