• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

相沢沙呼著「小説の神様」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
売れない作家である男子高校生・千谷は、売れっ子美少女作家・小余綾と共作することになり、小説を書く楽しさを取り戻し始める。しかし自作の打切りやネットの批判に気落ちした千谷は、小余綾の良作を自分が壊す恐れに耐え兼ね、喧嘩別れで共作から降りる。だが実は小余綾は盗作疑惑を受けた心的外傷で、文章を書けなくなっていた。それを知った千谷は、共作を仕上げ、物語に願いを託す。

文字は小さめで400ページ近くあるので、結構長いお話です。その物量で、ひたすら「なぜ小説を書くのか」という質問を突き付けてきます。その上、主人公が非常にネガティブ思考で、読み手も憂鬱になります。
途中飽きそうなものですが、最後まで読ませるのだから大した筆力だと思いました。

結局、序盤に想像した通りのネタバレがあり、序盤に想像した通りのオチに行き着きます。
そして「それで良い」と肯定するのがこの物語でした。

ところでこの主人公が書いた作品、もう少し具体的にイメージさせて欲しかったです。
売れ線から外れていて、でも人によっては心を打つ作品なんだ、という印象が持てませんでした。

登場人物は強い個性があるけれど、前述通り主人公がややネック。
後輩の成瀬に「売れる本を書け」という主人公が一度も売れていないのは、なんだか滑稽でした。そんなに売れたいと思っていて、且つ売れ線を理解しているつもりなら、一度、そのノウハウを全部投入した別名義の小説を出せばよかったのです。
そして自己弁明と嫉妬で忙しい主人公にイライラが募っていくと、主人公に親身でありつ続ける少女たちにも激しく違和感を感じてしまいました。
例えば成瀬の場合、小説を書きたいだけなら、小説投稿サイトの存在も教えて貰ったのだから、友達にバレる危険を冒してまで文芸部に入る必要はありません。八つ当たりされたり、嫌味なことばかり言われても離れない方が不自然だと思わされてしまいました。

佐藤愛子著「戦いすんで日が暮れて」

男と女の仲を描いた、短編集。
表題作は第61回直木賞受賞作。直木賞は、エンターテイメント長編に与えられる賞だと思っていたので、少し驚きました。

全8編収録のうち、男性主人公の2編には多少愉快な部分もあったのですが、女性主人公のお話は、夫の倒産話含めて結婚の苦労が5編と、おいらくの恋の悲しみが1編、と夢も希望もない感じ。
女史たちの前向きなパワーは痛快な反面、読んでいると主人公たちの「怒り」に飲み込まれ、非常に疲れました。
これがユーモア小説、と評されるのを見ると、私はユーモアが欠けているとつくづく思いました。

新装版のあとがきが興味深かったです。
自分が過去に書いたものを後から読むと欠点が目につく、という気持ちも多少は理解できるけれど、私はどちらかと言えば女史の父親でもある作家・佐藤紅緑氏タイプで、自分が書いたものを面白く読める方です。作者からは「ヘンな人だなア」と思われるのだな、と思うとおかしかったです。

蘇部健一著「運命しか信じない!」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
ある日、稲葉家の飼い猫タマがミルクを零した。本人たちの知らないそんな切っ掛けで、仙波莉子と京川俊は運命の出逢いを果たし、その二人の出逢いが更に4組のカップルを生んでいく……。だがその背後に、タマがミルクを零したために出逢わなかった1組の男女がいた。

「運命の出逢い」を果たす男女の恋物語を描いたオムニバス作品。
でも実際は、その半数以上が「運命」を演出するために努力したお話でもあり、単なるロマンチックな恋愛小説でないところが面白かったです。

実は、ハッピーエンドで頭を悩ませずに読める本が読みたい、と思って手に取ったら、いきなり関連性がわからない多数の人物が登場するので面食らいました。でも最後に、ドミノ倒し的にすべての短編が繋がっていく仕掛けは爽快だったし、その最初のきっかけに「運命的なすれ違い」をし続けた2人のお話があるというオチにもカタルシスがあります。
好きになれないエピソードもあったけれど、一つずつが短編なのでサラリと読めます。

エピソードの1つにトマス・ピンチョンの「V」を読む下りがあり、「ミラーさんとピンチョンさん」という輸入漫画を読みたかったことを思い出しました。
漫画にしてはお値段が高くて様子見していたら、Amazonでも売り切れになってしまったのですね。「V」ほど高額本ではなかったのだから、買っておけば出逢いがあったかしら(笑)。

小山鉄郎著「白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい」

漢字研究者・白川静博士が語る漢字の成り立ちと体系を、一般向けに説明した本。
取り上げているすべての漢字に、元と想定されるイラストが付いていてわかりやすいのが特徴。
1字ずつは簡素な説明でまとまっており、全体的なページ数も薄いですが、きちんと理解して読もうとすると結構時間がかかりました。

先日「沈黙の王」読書感想(2017年11月27日記事)で、漢字の成り立ちを描いた作品だと期待して読んだら、テーマが違う作品だった旨を記しました。その後本書と巡り合い、「読みたかったのはこれだ!」と思いました。残念ながら、本書は「物語」ではなかったのですが……。
死や宗教思想に基づく説が多く、いくつかの仮説には、「沈黙の王」で描かれていた古代中国の風習と照らし合わせて納得する部分があり、そういう意味では、私の中で両者が合わさって面白かったです。

良書ですが、すべて仮説のはずなのに事実のように記載している部分は、少し気になります。
聞き手兼書き手の著者が、それだけ白川氏の学説に惹き込まれたのだろうと思って私は許容しましたが、せっかく漢字に関する学びの道を開くのであれば、異なる学説があることくらいは紹介して、より教養が深まるようにするのが学術本の在り方でないか、と思うのでした。

玉城夕紀著「青の数学 Euclid Explorer」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
高校生になった柏山は、数学で決闘するネットサービス「E2」に参加する。かつて交わした「数学をやり続ける」という約束を守って自分なりに数学と取り組み続ける柏山は、決闘や合宿を通して数学の天才や勝負師たちと交流し、数学とはなにかを考え続ける。

知人が「数学オリンピック」に参加していたので、どういう世界なのかという疑問があり、たまたま目に入った本著を読んでみました。

数学落第生レベルだった私には、問題を解く過程どころか、問われている内容もわからないような問題ばかりでしたが、学術書ではないので、話にはついていけました。本作において「数学」とは「哲学」のようでもあり、説明のつかないものに熱中する若者の、「なぜ数学をするのか」という疑問と試行錯誤は面白かったです。
逆に、理系の人間が読んで面白いのかどうかは気になります。
結末が尻切れトンボで、続編に続くにしても、もう少しまとめて欲しかったと思いました。

ちなみに、最終的に一番素直に応援できたのは、「人より数学センスに秀でているから数学をやる」という、行動原理がわかりやすいノイマン(庭瀬)でした。