• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

描いているものは男と女の関係でも、対照的な2冊。

山本文緒著「紙婚式」

男女の仲を描いた8つの短編集。
8作のうち、「秋茄子」「紙婚式」はまだやり直せる印象があるけれど、残りの6作は結婚生活の歪み、暗闇を感じさせる、憂鬱な作品です。
私自身も含めた結婚願望のない人間の増加には、「結婚生活は怖い」と思わされる、こういう作品が多少影響しているのでは……と少し思わされました。

石田衣良著「ラブソファに、ひとり」

一人で生きていける大人であっても、誰かと一緒に暮らすのも素敵だろう、と思わせてくれるような9つの短編集。
多くはアンソロジーに収録されており、書き下ろしは表題作のみのようです。
全体的に、日常のワンシーンからさらりと始まってさらりと終わる、あまり説明が多くないSSのような作りで私好みでした。謎めいた関係性とエロティックなやり取りの「フィンガーボウル」が、なかなか面白かったです。

吉永南央著「糸切り 紅雲町珈琲店こよみ」

誤って、シリーズの4作目から読んでしまいました。
新刊が平台にあり、面白そうだけれどシリーズ物だから1作目から読もうと判断。棚差しで一番左のものが1作目だと判断したら、違いました(苦笑)。よく確認しないといけませんね。
とはいえ、レギュラー登場人物はそれほど多くなく、読んでいけば人間関係も分かるので、困るところはありませんでした。

主人公の草は、様々な経験を経て落ち着いた老婦人。70歳を超えた女性の主人公という時点で珍しいと思います。こんな風に老いたいと憧れたり、こんな老婦人が身近にいたら心強いと思ったりできる、素敵な女性でした。
小物の描写なども丁寧で、小蔵屋に行ってみたくなりました。

黒野伸一著「限界部落株式会社」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
独立前のリフレッシュに、山間の過疎地にある亡き祖父の空き家に寄った元行員の多岐川優は、高齢化で生活の維持が困難な限界集落を目の当たりにし、営農組織を作って故郷の再生に乗り出す。利益優先の優の生産計画に対し、地元の伝統産業に愛着と誇りを持つ農家の美穂は度々衝突するが、役所やJTに頼らず自分たちで村の再生を進める内に、お互いの長所を認め合うようになる。

地方再生をテーマにした小説。
このジャンルは「県庁おもてなし課」「メリーゴーランド」など、毎回手堅い印象があります。今作もその印象に違わず、エンターテイメントとして楽しく読めました。
また、「都会は悪、田舎は善」という枠に嵌めることなく、プライバシーがなかったり、厚かましい老人たちの言動、噂の広まりなど、田舎の暮らしには煩わしさがあることも描写されているバランス感覚が良かったです。

本当の限界集落は、自分たちで営業したりした程度で救われるものでないだろうとも思うけれど、全力で頑張る姿は素敵なものです。
何より、優が熱意だけの人でなく有能であり、周囲からもその有能さを認められているところが気持ち良かったです。
外から人を呼び込むために、観光温室や美術館を造るという計画になった辺りで、箱モノ行政と変わりないように思ったけれど、「日本のバルビゾン」を目指す着眼点は興味を惹かれました。

森沢明夫著「青森ドロップキッカーズ」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
苛められっ子の中学生の宏海は、体験教室で知った「カーリング精神」への感動から、カーリングを始める。先生に貰ったブラシを折られたことで宏海は初めて苛めに反抗し、幼馴染の雄大との友情を取り戻す。カーリング部のある高校に入学した二人は、大会の決勝戦まで進むも、ストーンへの接触(反則)を申告して気持ちよく負けることで、カーリング精神を身に付けた「格好いい大人」に一歩近付いた。

あらすじにまとめた「少年の挫折と再生」を描く宏海の物語と、「スポーツ選手の挫折と再生」を描く柚香の物語の2軸で、1本の物語が紡がれています。
スポーツ青春小説ではあるのですが、柚香たち大人の視点が入ることで、地元への普及活動、スポンサーの意向に左右される選手の在り方など、楽しいだけでは済まされない世界も盛り込まれ、多面的に競技が見えました。とは言え、やはり根本は清々しいところが良かったです。
途中宏海と柚香たちは男女二人ずつのチームを組むけれど、年齢・実力差が大きいこともあって、恋愛ではなく師弟関係で結ばれているところも爽やかでした。
強いて難を言えば、序盤のいじめ描写は気が滅入りましたが、再生のお話としては苦しみも書かないといけないから、必要な要素だったと思います。

本書を読んで初めて「カーリング精神」というものを知りました。要は「スポーツマンシップ」を明文化したものという感じだけれど、本書では非常に短くまとめた訳文を採用しています。

カーラーは、不当に勝つなら、むしろ負けを選ぶ。
カーラーは、ルール違反をしたとき、自ら申告する。
カーラーは、思いやりを持ち、常に高潔である。

原文やカーリング協会の日本語訳がぐっと簡潔にされていて、宏海と一緒に、これは格好いい!と思えました。

朝井まかて著「阿蘭陀西鶴」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
俳諧師・西鶴の娘おあいは母を亡くし、父と暮らすことになる。甲斐性なしで勝手気儘に振る舞い、母の死や全盲のおあいを引き合いに自身を喧伝する父と憎むおあいだったが、西鶴が書き始めた浮世草子の朗読を聞き、物を見たことがない自分でも、描写から感じて掴むことができる喜びを知る。

面白かったです。
井原西鶴の半生を直接書くのではなく、盲目の娘の視点から、破天荒な父、俳諧の師、そして作家としての西鶴を描いているところが秀逸だと思います。最初は思春期のおまんと一緒に西鶴に苛々するも、彼女の心が解けていくと同時に、家族思いのいい父親じゃないかと印象が変わっていきました。

西鶴の移り気に合わせて、あちこち話が飛ぶところはありましたが、それぞれの出来事は細い糸で繋がっていたと思います。
「好色一代男」だけでなく、様々なジャンルの先駆者だったとは知りませんでしたが、それら作品を生み出す原動力は、博識だけでなく、こういう「イラチ」なところにもあったのでないかと思わされました。
西鶴の作品を読みたくなりました。ただ、さすがに現代語訳でないと読めないでしょうね。