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池田晶子著「帰ってきたソクラテス」

現代(1992年〜1994年連載当時)に蘇ったソクラテスとの対話型短編20編。
哲学といっても、本書は哲学用語を使わず、話し言葉でまとめていますし、社会的(或いはワイドショー的と言うべき)話題を取り上げているため取っつきやすいです。
登場人物の幅は広く、プラトンや釈迦(ブッダ)はともかく、ソクラテスと関係のない「罪と罰」のラスコーリニコフが登場したのは、ちょっと意外な人選で驚きました。

私は、多少理屈っぽいところがあるタイプだと言うこともあって、基本的には楽しく読めました。
個人的には「長生きしたけりゃ恥を知れ」での、老人福祉係とソクラテスの問答がとても刺さりました。この件は福祉問題に拘らずとも、「肉体が生きているということだけでは何の価値もない」という考えで、自分を高め続ける方が良いという思想に転換するのも大事でないでしょうか。
逆に、サラリーマンとその妻の「不平不満は誰に吐く」や、表現の自由に関する「差別語死すとも、自由は死せず」は、議論自体は面白かったけれど、反論しようがない話で封じ込められてしまった感がありました。
結局、どんな理屈であれ自分が納得いく主張なら「その通りだ」と思うし、逆に納得できない主張は「詭弁だ」と感じてしまうのですが、この辺が哲学的思考の欠如でしょうか。

田中芳樹著「七都市物語〔新版〕」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
大転倒により地上の人類は全滅し、月面都市住民は同格の七都市を新設した。その数十年後、月面都市は地上500メートル以上の飛行物体を無差別攻撃するオリンポスシステムを残して疫病で滅んでしまう。空を失った地球人たちは、地上の覇権を巡って都市間の争いを始める。やがて名将たちの采配により、拮抗する七都市から一市が脱落した。

地球上の全人口が7つの都市に分かれて覇権を競う、正に群雄割拠の時代。SF版春秋戦国時代という印象でした。

短編連載形式で戦いに次ぐ戦いが描写されています。
主人公かと思った人があっさり脇に回るし、敵味方も固定ではありません。特定のキャラクターに感情移入する読み方だと、少し難しいかも知れませんが、私は非常に楽しめました。それに、「銀河英雄伝説」と比べると、勢力数は倍なのに登場人物はぐっと抑えられているので、意外と把握しやすいです。
特に面白かったのは、登場人物の性格が総じて悪いこと(笑)。
ヤン・ウェンリー的なポジションのリュウ・ウェイですら、如才なく自己保身を図っているし、権力が絡めば友情も薄っぺらい。ニコラス・ブルームの「全員を満足させようとして全員に不満をいだかせる」という評などは、設定だけでなく実際の振る舞いに表れて展開に組み込まれているのは感心しました。いるよね、こういう人!
どの都市のキャラクターも、主人公として見るには戸惑われるアクの強さがあり、それゆえ最後まで誰が勝つかわからないところも、唸らされました。

基本的には各戦争へ至る前提と、実際の戦闘の描写の連続で進みます。
「銀河英雄伝説」に対しては、宇宙で戦っているのに戦法が平面的だ、という批判を目にしたことがあります。
その点、本作は最初からオリンポスシステムという「航空機を使えない」設定を設けているのが上手いと思います。そして、そのオリンポスシステムを利用した戦術を披露されたところなどは興奮しました。

残念なのは、一巻完結作品なのにビシッと終わっていないこと。
モーブリッジJr.を発端とする一連の戦争は終わっているものの、リュウとギュンター・ノルトが隠居したまま終わっているし、せめて一区切りついているならともかく、尻切れとんぼ感が否めません。最後に外伝短編が収録されているのも、却って消化不良でした。
今更再版して、漫画連載まで始めたということは、田中先生に続きを書くつもりがあると見なしていいのかしら?(ヤングマガジン公式サイトで1話試し読み可能)
アルスラーン戦記も終わったし、ちょっと期待してしまいます。

佐江衆一著「士魂商才 五代友厚」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
薩摩藩士・五代才助は長崎海軍伝習所で西洋技術を目の当たりにし、勝海舟、グラバー等と知り合った。渡欧の後、小国日本が大国と渡り合うには商業を発展させねばならないと考えた才助の「名より実を取る」考えは藩内での反発を招き、薩摩藩での居場所を失って行く。やがて成立した明治政府に招かれた才助だったが、商業発展のため大阪の経済発展に尽くす道を選ぶ。

タイトルを見て岩崎弥太郎だと思ったのですが、五代才助(五代友厚)氏の物語でした。

読み始めてすぐ、

泣こかい、跳ぼかい、
泣こよっか、ひっ跳べ!

というフレーズに遭遇し、宝塚星組「桜華に舞え」で散々聞いたなと懐かしく思いながら読みました。時代設定や、薩摩藩士の物語という点から、公演時期に読んでいたらまた違う味わいがあったかもしれません。

幕末から明治維新への流れを、これまでとはまた違う経済的な面から見ることができて面白かったです。
才助が商人に転身するのはいつだろう、と思いながら読んでいたのですが、明治以後だったのですね。
後半、大阪に来てからの話が完璧に駆け足で、出来事の羅列状態になっていました。士族から商人へ転身した男の物語としては、その部分こそ見せて欲しかった気がします。

最後はちょっと締めきれていない感じもあり、それも含めて歴史小説らしい歴史小説だと思いました。

朝倉かすみ著「好かれようとしない」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
赤面症で「必死」な姿を見せることに抵抗を覚える二宮風吹は、番号のわからないトランクを開けるため呼んだ鍵屋に一目惚れ。偶然を装って店先で遭遇したり、家鍵を紛失したことにして仕事を頼むなど、必死に見えないようにアプローチを始める。そんな風吹の必死さと真面目さが、人妻との関係を続けていた鍵屋の誠意を引き出し、二人は客と鍵屋の関係から一歩進むことになった。

初めて読む作家。
タイトルから、毅然と生きる話なのかと思いきや、どちらかというと不器用な捻くれ女子が、表面上は冷静にしつつ、必死に「好かれよう」「視界に入ろう」と頑張る話でした。
ただ、主人公・風吹の性格が応援したくなるタイプではなく、相手の鍵屋も碌な男に思えず、基本的にイライラさせられました。

風吹が、電話口で母親に「へんなところでまじめ」と言われて、どこがへんなところか聞き返す箇所が身に沁みます。

「そういうふうに突っかかってくるところじゃないの」
受け流せばいいところを、ゆるがせにできないって感じで責め立ててくるじゃないの、と母は答えた。
「責め立てる?」
責めているつもりは、風吹にはなかった。(中略)
「あんたにその気がなくても、いわれたほうは責められたような気になるのよ」

私もそういう部分は風吹と似ているので、余計にグズグズしているところや妄想的なところが癪に障ったのかもしれません。

序盤のゆっくりさに比べて終盤の展開が早く、鍵屋がなぜ風吹に気持ちが傾いたのか納得できなかったけれど、恋に理屈はないので仕方ないでしょうか。二人のデートは初々しくて、ちょっとニヤニヤさせられました。
大家さんと、家庭教師先の落合美丘のキャラクターは面白かったです。

文章表現はなかなか素敵だと思わされたので、他に面白そうな作品があれば、また読んでみたいと思います。

青木祐子著「嘘つき女さくらちゃんの告白」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
美人イラストレーターsacraとして持て囃されるも、盗作疑惑が持ち上がり失踪した権田八重子(通称さくら)。ライターの朝倉未羽は、中学時代のクラスメイトや恩師、恋人などにインタビューを続けて、悪気なく爪の甘い嘘を吐き続け、盗作、経歴詐称、結婚詐欺を繰り返したさくらの真実に迫る。遂に本人に辿り着き、一冊の暴露本をまとめた未羽だったが、作品はさくらの自叙伝として発売されてしまう。

各々のインタビューによって、その人物を通した「さくら」が見えてくる面白さと、なぜ彼女が美術の世界での成功に拘ったのかという謎に惹き付けられて、気持ち悪くも楽しく読みました。ただ、最後のどんでん返しは個人的に残念なオチでした。
作者は、もしかすると読者にさくらを好きになって欲しかったのかも知れない、と思います。息をするように悪意なく自然に嘘をついて、他人のものを盗んでいくけれど、どこか憎めない美少女。でも私は、終始さくらに得体の知れない気持ち悪さを感じていたので、さくらが報いを受けない世界の後味は悪く、落胆しました。
これが、最近流行りの「イヤミス」(後味が厭なミステリー小説)というタイプだったのでしょうか。

さくらの凄まじいところは、虚言癖というだけでなく、悪意がない上、自分がその場で吐く出任せが、彼女の中では「真実」になっているというところだった気がします。話の通じない恐ろしさを感じました。