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アゴタ・クリストフ「悪童日記」「ふたりの証拠」「第三の嘘」

タイトルや大きめの文字等から、児童向け文学かと思ったのですが、読み進めてみると残酷な上にエロいお話で大変驚きました。
「悪童日記」を読み始めた当初は、淡々とした空気感がどこまで続くのか計り知れず、どう読むべきなのか悩まされました。双子の奇怪さに馴染めず、こういう子たちなのだとようやく受け入れられたのは、女中の殺害理由が分かる箇所からです。
ところが、1作目のラストに突然双子の道が分たれます。これまで完全に同一人物扱いだった双子が、何の前触れもなく国境で分たれる別人になる様には、まるで「細胞分裂」のような印象を受けました。
急いで2作目も手に取って読み始めたところ、またガラリと雰囲気が変わり、村に残された方(リュカ)の物語が始まります。双子が1人になったことを誰も気に留めない事や、名付けが奇怪しいと思いつつも読んでいたら、またも巻の最後に大変などんでん返しがあり、双子は本当は1人だったらしき事が示唆されます。
結局、またも茫然としたまま3作目へ突入させられました。

物語の構成を考えたら、普通は3巻目の物語が真実だろうと思うのですが、題名がそれを裏切っているのですよね。
実に不思議な作品でした。

ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
あたまのよわいチャーリイはしじゅつを受けて天さいになりました。その結果、友人が自身を嘲笑っていたことや、己に劣る知能しか持たないことに気付き、負の感情を知って孤独になります。やがてチャーリイに手術の副作用が表れ、前と同じあほうになってしまいました。

長編版。
有名作品なので、読んでいなくても粗筋は知っていましたし、ゲーマーなので「ロマンシング サ・ガ3」のアルジャーノンなど、パロネタの方で先に触れていました。
今回ちゃんと読んでみて、文句の付けようがない名作だと思いました。
空き時間で無駄のない読書をするよう心掛けているのですが、最後の方は、本を置くことができず睡眠時間を削ってしまいました。
「知能と、幸福や心の豊かさは比例しない」という点が最大のテーマだと思いますが、その他にも多数のメッセージが込められていて、色々なことを考えさせられます。
私としては、知能が低い頃のチャーリイは、自分が笑われていることがわからず、自分に対して人々が笑うのは好意の表れだと思っているのが衝撃的でした。人は誰でも、自分の持つ物差しでしか物事を測れないものですね。

なお、チャーリイの知能レベルにあわせて文体も変化するため、最初の内は、ひらがなばかりで読点もなく誤字も交えて綴られた文章です。実は、これが今まで本作を読まなかった最大の理由でした。
読み慣れると、唯の下手な文章ではなく、話がちゃんと読み取れるようになっていて思ったほど読み難くないと分かりましたが、翻訳者は苦労されたでしょうね。名訳でした。

グレゴリー・デビッド・ロバーツ「シャンタラム」

インドのボンベイに魅せられた白人(脱獄囚)の長い物語。
作者自身の体験を基にしているそうですが、ちょっと信じられないハードボイルド人生です。
さり気ない挿話だと思ったものが全部絡み合っている緻密さや、予想できない展開に何度も驚かされ、次々にページを捲ってしまいました。
もっとも、読み終わって全編を思い返すと、上巻を半分くらい読み進めたところから面白くなり、中巻が山場で、下巻から筆が鈍ったような印象です。主人公の説教臭さや、自慢気な感じが鼻につくところもありました。特に、いつ、どんな展開でボンベイから抜け出すのかを楽しみに読み切ったので、最後は拍子抜けしました。
読み終えてみると、混沌として理解し難い印象だったインドという国に対して、心を開く取っ掛かりが出来たような気がします。パキスタンやアフガニスタンなどの民族、情勢についても勉強になりました。
哲学的な語りが多く、中でも最も言葉を尽して語られる「究極的に複雑な存在(神)に近付くことが善」という分解理論は結構私の中で納得のいく理論でした。

登場人物は数多く、似たような名前も多いので、どういう素性の人物だったか曖昧になる時がありました。
状況が変わると印象がガラッと変わる人物もいたりして、現実的でした。一番好きだったのは、フランス人のディディエですかね。

なお、このブログの読書感想では、自分自身の勉強としてあらすじを付与するようにしてますが、本作に関しては難しい上に失礼だと思いましたので、割愛しました。

ナオミ・ノヴィク「テメレア戦記」から「4 象牙の帝国」

これまでの巻で敷かれていた伏線が一気に現れ、怒濤の展開に雪崩れ込みました。
後書きによると、全9巻でナポレオン戦争が終わる構成だそうですが、この4巻ラストの状況から一体どんな風に世界を動かしていくつもりなのか、想像もできません。
雰囲気は、3巻の緊迫した状況がそのまま引き継がれましたね。国内に戻ったので多少政治や社交界の話も出てくるようになりましたが、暗く重苦しい空気がずっと漂っている感じです。
1巻ラストのようなカタルシスは、もうないのでしょうか?

2巻の時はヴォリーの笑い話程度だった風邪が、まさかこんな惨事を引き起こしているとは思い掛けないことでした。
テメレア同様、読者である私も、仲間のドラゴンたちに会えると思って楽しみにしていたのに、相変わらず野生ドラゴンたちやイスキエルカの我侭に付き合わねばならず、嫌な感じでした。
また、1巻のトラファルガー海戦でネルソン提督が戦死しなかったため、作中でなんらかの役割を与えるつもりに違いないと睨んでいましたが、少々手厳しい内容でショックでした。英国海軍物でネルソンにこれほど批判的なのは珍しいのでは。

奴隷問題に端を発するアフリカでの紛争も大変でしたが、終盤の大きな方向転換には唸りました。
正直、ローレンスは愛情と敬意を飛び越えて、テメレアに傾倒し過ぎではないでしょうか。2人は別れさせるべきなのかも知れない、と感じます。
勿論、人道的に考えれば海軍省の作戦に憤りを感じるべきなのでしょうが、国を守ることを第一義に考えたら、私もこれを選ぶと思います。自分の祖国、愛する人々を守るために相手を殺すのが軍人だと思うのです。そこで躓くなら、もっと早く退役すべきだった。そして不戦運動をすれば良かった。
市民から突然乗り手になったというなら今回の行動に納得したと思うのですが、ローレンスは所属こそ違えども軍人。作戦を知った他のキャプテンが哀しみに耐えているのに、1人と1匹で暴走した挙げ句、自己満足で本国に戻ることで余計に仲間に哀しみを背負わせることになるのでは?と少し厳しい見方をしてしまいました。
ローレンスとナポレオンが直接の接点を持ったシーンは良かったですが、ローレンスにこの経験が役に立つのか疑問です。

5巻原題は「Victory of Eagles」。
いっそ、ローレンスの裁判中にナポレオンが本土侵攻してきて、勝利してしまうとか、そのくらいの急展開は如何でしょう(笑)。

ナオミ・ノヴィク「テメレア戦記」から「2 翡翠の玉座」及び「3 黒雲の彼方へ」

1巻が面白かったので、2・3巻を一気読み。
1巻が割と冒険活劇でスカっとしたのに比べると、2巻は人権問題、3巻は第四次対仏大同盟と、だんだん重苦しくなってきました。この調子だと、4巻は大陸封鎖令の時代かな。イギリスの苦難が続きますね。
2巻以降テメレアが嵌まってしまったドラゴンの人権問題は、単なるファンタジー戦争史に収まらない、難しいテーマですね。もう少し軽く楽しく読めた方が、個人的には嬉しかったのですが、作品としては非常に重厚感が出て来ました。

一方で、次々と魅力的なキャラクターが投入され、また1巻から引き続き登場している面々もどんどんキャラ立ちして、人物たちのやりとりは増々面白くなって来ました。
私としては、副キャプテン・グランビーの成長ぶりがとても嬉しかったです。1巻初期の反抗的な厭な奴から、本当に気持ちのいい男になりました。
突っ走りがちなタイプではありますが、彼の場合は軍人として自分の立場等を把握し、状況判断した上での言動なので、自分の思うがままに迷惑発言をするテメレアや、完全なる戦闘狂のイスキエルカと違い、自己責任において言動してるところが好きです。竜を得てテメレアのクルーから外れたのは残念ですが、ローレンスとは違う種類の良いキャプテンになると思います。

他の面々では、ドラゴン医のケインズ、万能タイプの諜報員サルカイの今後の活躍に期待したいです。
アルカディたち野生ドラゴンは、オスマン帝国での失敬な退場で出番は終わりかと思いきや、思いも寄らぬ局面で再登場してアッと驚かされました。折角だからこのまま英国に住み着いたら面白いけれど、野生の彼等にハーネスを付けるのは無理かな?

そして、今後も大きな障害となって立ちはだかるだろう、ライバル竜リエン。
執念と憎悪で泥々した感じにゾッとしつつ、敵=ローレンスたちと対峙していない時の穏和な彼女は凄い良い感じなので、非常に複雑です。
ヨンシン皇子はローレンスにとっては敵だったけれど、リエンとの交流を考えるとかなり懐が深く興味深い人物だったと思います。彼の死は、テメレアの今後にとって大きなマイナスだったと思います。

ほんの僅かな瞬間でしたが、ナポレオン・ボナパルト本人が登場したのも見逃せないポイントですね。
何というべきか……私の場合、宙組公演「トラファルガー」のイメージが強く、ナポレオンの台詞がすべて蘭寿とむの声で再生されるため、登場シーンを読んでいる間中、笑いが止まりませんでした。
「わかった、わかった、乳母殿」なんて蘭寿声で脳裏に再生されると、一気にナポレオンへの好感度が上がってしまいます。

逆に、1巻では「立派な士官」だったローレンスが、テメレアへの愛情過多になりすぎて、個人的にはひいてます(笑)。
テメレアを失望させたくないと言う気持ちは理解できるけれど、ちゃんと指導しておかないと、英国に戻った時に社会を混乱させてしまうのではないでしょうか。

少し勢いは落ちましたが、4巻も読みたいと思います。

最後に少しだけ苦言。
2・3巻とも、訳者のあとがきでネタバレされたのが残念でした。少なくとも、イスキエルカの存在は知らずに3巻を読みたかったです。
「読まなければ良い」と言われればそうですけれど、そこに活字があれば読むのは読書人の習性。ましてや、ネタバレがあるとは警告されていなかったのですから。
次の巻へも興味を惹き付けたいという意欲はわかるのですが、少し直接的すぎるのではないでしょうか。