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五十音順キャラクター・ショートショート【い】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 いつもの道を弾むように進む。
 一歩、白い砂上に跡が残された。

 海に囲まれたこの小さな国では、どこまで行っても微かに磯の匂いがした。
 この国に移住してくる仲間や人は時折不平を言っていたけれど、彼はそれが嫌いでない。
 海は万物の生まれ故郷であり、いつか還る場所だ。形のあるものもないものも、生き物が作ったあらゆるものはやがて海に飲み込まれ、消え去っていく。
 小さな彼の悩みや涙など、きっとひとつも残りはしない。

 彼は振り向いて、通ってきた道に眼をやった。
 彼が道に刻んだ足跡は、もう存在しない。ただ、潮風が通り過ぎた気配があった。

いつかすべては海になる
……いむ(ゲーム「ワールド・ネバーランド〜ナルル王国物語〜」)


いむはワールドネバーランドのマスコットキャラクター。
和菓子「すあま」のような造形の「いむ」が、こんな哲学的な生き物だったなんて!
――と皆さま驚かれたことでしょう。私も、もっとほのぼのとした、いむと移住者のお話になることを想定して書き始めたので、大変驚きました。

ちなみに、このお話で取り上げた足跡の件は、「歩みにそって足跡が残り、一定時間が経過すると消える」という、お約束的なゲーム仕様のことです。
書き終わってから、いむは足跡が付かなかったかも……と思ったけれど、確認せず突き進みます。

五十音順キャラクター・ショートショート【あ】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 あの日、滅びの預言とともに精霊と魔法が消え去り、私と彼はなにも背負うものがない、ただの人になりました。
 王都を出て、大陸の外れに住まいをもったのは、それから二月ほどのことです。
 亡くした命を身体に刻んだ異形の彼と、人の営みを知らない私を、温かく迎えてくれたこの辺境の村。
 土を耕し糧を得て、自然が許してくれる範囲で慎ましく暮らす。一年の幾日かは白雪に閉じ込められて、あの雪山の行軍を思い出す。――私たちは、そんな日々を手に入れました。

 それにしてもなぜ、彼は新しい住まいとしてこの村を選んだのでしょう。
 彼は、王都のどこに住んでも良いと許されていました。あるいは、縁深い土地の数々がありました。例えば、彼がかつて穏やかに暮らしていた街、今でも時折補修を頼んでいるという時計塔、騎士団が一丸となって守った街。
 大陸全土を巡った日々の中、この村を訪れたこともあったでしょうが、印象に残る出来事があったとは聞いていません。
 私が遂にその疑問を口にした時、彼は少し微笑んだようでした。
「どの街にも、その時一緒に生きていた連中との思い出がある」
 それは、どれも優しく大切な思い出だけれど――と断る彼の困ったような微笑みが、照れ隠しだと気付いたのはこの時でした。
「あんたとは、新しい思い出を作ろうと思ったんだ」

 百年間、私たちはお互いの傍らに立っていました。
 これまで過ごした時間と比べたら、人としての一生はとても短いものです。けれど、限りあるたった一つの命をペンとして、白紙に思い出を作るこれからの三十年を、きっと私は愛するでしょう。

あなたと二人の思い出を
……アリア(ゲーム「ヴィーナス&ブレイブス」)


某Iさんが、主人公カップルがED後、ゲーム中の物語と関係ない僻地マリスベイに隠居したのは不思議だと指摘されていたことをネタにさせて頂きました。
です/ます調の一人称は、恐らく人生初の作品だと思います。
そして、非常にこそばゆかったので、今後作ることもないと思われます。

なぜか唐突にTOS-R。


 デクスは物を考えない。
 彼は愛しい少女のことを想い、彼女の意に従い、彼女の進む道に付いて行くだけだから。いっそ、彼女が従えている魔物のように、ヒュプノスを使って隷属させてくれたって構いはしない。
 物を考える奴隷を、彼女は嫌う。
 だから何かを疑問に思ったり、善悪をとやかく言うことは止めた。思考のすべてを受け渡して、それで彼女が笑ってくれるなら――
 ふとデクスは首を傾げた。
 さて、願いを持つことは、物を考えることだろうか。


デクスはウザさが愛おしいキャラですね。
実は作中で一番大量殺人を犯してるんですが、あまりに間抜けで馬鹿で変態なために憎めなくて、極悪な面を忘れがちです。
しかし、物語の中だから「アリスちゃん一筋!」なんて言えるけれど、現実にここまで他人に思考を委ねている人がいたら、それは凄く怖いことだと思います。

2009年にエイプリルフール限定公開したBASTARD!!サイトより再録。
魔戦将軍同士で考えるマカパインのこと。


 あれは卑怯な男だ、とイングヴェイは思う。
 戦う以前に罠を張り、必ず自分の土俵で勝負を挑む。そのやり口を賞賛する者もいたが、騎士であるイングヴェイからすれば、栄えある魔戦将軍の一員とは思えぬ手口である。
 何よりイングヴェイが困惑するのは、彼から向けられる敵愾心である。
「私のことが不快ならば、正面から挑んでくれば良い」
 そうすれば逃げ隠れせず受けて立つと言うのに、実際にはマカパインの方が逃げているのだ。
 ボル・ギル・ボルが頷いた。
「あの御人は決闘するタイプではござらん。もし決闘すると言い出されたら、指定の場所に向かう道を良く調べる必要がござるな」
 敵を鎧ごと両断する鋭利な糸を仕掛けるのは、あの妖縛士の常套手段だ。
 その時、窓辺に腰掛けた吟遊詩人の爪弾いていた竪琴の音が止み、暫しの逡巡の後、音の代わりに言葉を紡いだ。
「貴公等はマカパインを好まぬようだが、私は少し彼に共感するところがあるのだ」
 魔戦将軍の中で最も清浄な吟遊詩人がそう言い出した真意が判らず、イングヴェイは顔を顰めた。
 ボルもまた同様に首を捻り、問いかける。
「シェラ殿が、でござるか?」
 詩人は深く頷くのに併せ、長い髪が揺れた。
「貴公等のように無二の強さや技術を持つ身でないのでな。卑怯な真似でもせねば、カル様のお役に立てないのではないか、とは私も考えるのだ」
「だが貴公はそうはしないだろう」
 たとえ同じ事を考えたとしても、実行する者としない者では天と地の差がある。イングヴェイはそう思い直ぐに否定したが、シェラもまたたじろぐ事なく答えた。
「私は楽師だ」
 その言葉は決して強いものでない。しかし二人に気付かせるには充分だった。
「戦いで貴公等の働きに劣るとしても、私は私のやり方でカル様のお役に立てる」
 マカパインは違う。イングヴェイやラン、ジオンと言った歴戦の強者と共に、戦場で成果を上げねばならない。
 その時、敢えて汚名を被ることも、選択の一つである。
 それを考えず悪し様に評したことが悔やまれるのだろう、ボルの両目からは滂沱の涙が流れていた。
 シェラは不意に苦笑して嗜めた。
「勿論、好意的に捉え過ぎているのかも知れないぞ」
 だが最早イングヴェイも、マカパインをただ非難する事は出来なかった。
 主君の理想を実現する為に己が身のすべてを捧げたのは、イングヴェイ自身でもあった。


マカパインは小狡く卑怯でナンボだと思っているので、敢えて乙女視点を用いて好意に解釈すると、むず痒くなります。
シェラは乙女、インギーとボルは騙され易い、ということで。
これにてバスタード再録打ち止めです。

2009年にエイプリルフール限定公開したBASTARD!!サイトより再録。
原作・背徳の掟編設定。


 終わりなき放浪の日々に、人々は頭を垂れ、導き手たる三人の魔戦将軍に従い歩んでいた。
 ――俯くことの利点は、互いの顔に在る絶望を見ずにすむことだ。
 振り向き道を示したマカパインは、困憊した仲間と民の様子にそう述懐した。
 先頭を行く彼とて、行き先にあてなどない。ただ天と地獄の狭間を逃げ惑い、人の命を繋げているだけである。
 時折天使の襲来や魔族の気紛れに人数を減らし、希望もなく、只管に民を連れて彷徨い続ける己の滑稽さに、時折マカパインは笑いたくなる。しかし笑い方を忘れた口唇からは、溜息が吐き落とされるだけだった。
 死と言う名の諦観に身を委ねたくなる想いは、皆無でない。死ねばそこで総ては終わる。この生き地獄において、安息の死は幸福な夢想ですらある。
 だが生きていれば、為せることもある。ならば這いつくばってでも生き抜き、明日に進むことを選ばねばならない。
 それがこの地獄を現出させた一因である己の義務だと思いながら、マカパインにはもうひとつ、密かに期待することがある。
 あの日彼の前に広がっていた美しい世界は、その存在を知ると同時に失われてしまった。
 あの男が健在ならば、それでも世界は常に美しいと言うのだろうか。この地獄にも煌めくものがあると、気付かせてくれるのだろうか――。
 その問いの答を得るためにも、今は生きねばならなかった。


マカパインは、敗北自体より、その後のガラとの出会いで人生が変わったと思います。
それとも、あの樹海が大霊界だったのでしょうか。