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坂木司著「シンデレラ・ティース」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
歯医者嫌いの女子大生サキは、母親の策略によって歯科の受付バイトを始めた。個性豊かなメンバーが揃った独特のクリニックの気配りと仕事意識に触れる内に、歯医者への恐怖心を克服し、人間的にも成長していく。

歯科を舞台にした小説とは珍しいと思って読んでみたところ、「日常ミステリ」でした。更に、読み終わってから作者名を確認してみたら、「和菓子のアン」の作者だったという、色々気付きが遅い読書でした。
本当に、他愛無い日常の謎ばかりですが、なかなか知ることはない歯科の仕事や、恋愛関係が織り込まれていて、なかなか面白かったです。
医療はサービスと考える理想的な歯科と、善良な登場人物揃いで、こんなクリニックなら私もバイトしたいです。そう思える空気感がとても気持ちよかったのですが、これを「非現実的」と感じた場合、途端に評価は反転するだろうな、と思います。

私自身は歯科に対して恐怖心を抱いたことがないのですが、歯医者嫌いは「歯科治療恐怖症」という病として認定されているのですね。単なる怖がり等と思ってはいけないのだな、と良い勉強になりました。

加納朋子著「掌の中の小鳥」

【あらすじ】
冬城圭介は、あるパーティで出会った女性が語る日常の謎を解いて、彼女と親しくなっていく。

連作短編集。
ホームズ並の推察力と知識を誇る彼・圭介と、細かいことまで克明に記憶している上、それを正確に説明する力を持つ行動派の彼女・紗英という、かなり嫌なカップル(笑)による日常の謎解き。

全体的には、色々勉強になって面白かったですが、最終話「エッグスタンド」には疑問が残りました。
それまでの話で優れた洞察を見せた圭介が、女性関係に関してはまったく無能にあるというギャップを描いているのでしょうけれど、「人間として欠陥品」と思うに至った圭介の気持ちがまず理解できませんでした。
そして、紗英たちはなぜ圭介のネクタイが礼子から贈られたものと分かったのでしょうか。私は女性ですが、泉さんの語る「女の賢さ」を持っていないタイプなので、まったく分かりませんでした。そのせいで、この話での泉さんの言葉には少し反発してしまいました。
個人的には、紗英の方が苦手なタイプで、圭介の方が共感できるのですが……。

第一話と最終話に登場する「掌の中の小鳥」がモチーフとしても印象的。
1つずつのエピソードとしては、名前を伏せたままの紗英が昔話を披露し、そこから彼女の名前を探し当てる「桜月夜」が鮮烈でした。

松岡圭祐著「万能鑑定士Qの事件簿」1・2巻

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
ある日、マスメディアに同番号の一万円札が送り付けられ、大規模な偽札製造の犯行声明が出される。科学鑑定でも偽札を判別できなかったことで、日本円の信頼は失墜、日本全土が急激なスーパーインフレに陥る。だが、万能鑑定士Qの凛田莉子は、店に持ち込まれた宝くじの鑑定から、偽札が「墨で書き足し、再度線維素コーティングを施して番号を揃えたただけの、本物の一万円札」だと解き明かす。

事件のネタバレはしても、犯人は分からないよう配慮してみましたが、如何でしょう。

「日常の謎」系の作品ということで読んだ本作ですが、実際は「非日常の謎」でした。

スーパーインフレに陥った日本の情景が、1巻は終末風でなんだか漫画チックに感じたのですが、2巻では現実味のある雰囲気で、現実から生じる「if」として受け入れられました。
色々な知識ネタは素直に感心しますし、インフレが「実は起きていなかった」という数字のトリックや、全然関係のない事件が最終的に結びつく辺りは面白かったです。
ただ、偽札の犯人を「悪人ではない」と言ってしまう点は疑問でした。インフレのせいで、銀行家など相当数の人が自殺したと思われるのですが……。悪意から始めたことではないけれど、自分の身近な人以外の迷惑は考えていなかったというのも事実でないかしら。

数年前まで超劣等生だったのに、感情を生かす記憶術を教わったことで博覧強記に変貌した主人公・莉子のキャラクターが強烈です。
ただ、知識をひけらかしているようにも見えてしまうので、好感を抱くには至りませんでした。これは、一般読者が共感できる対象でない「ホームズ」役が主人公であるための難点ですかね。
それを和らげる為に、元は天然バカだったという設定なのかも知れないけれど、私は天然系キャラは苦手なのでした。

なお、いつもシリーズ物は1巻だけ読んで感想をあげますが、1・2巻で1つの事件を扱っていたので、今回は2巻分まとめます。
普通に考えて、2巻分まとめて1冊で発行すべき作品だと思っていたら、四六版単行本「万能鑑定士Q」として、1・2巻合体の愛蔵版が同時発売されていました。

北村薫著「六の宮の姫君」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
大学四年生の〈私〉は、卒論テーマである芥川が自作「六の宮の姫君」を「あれは玉突きだね。…いや、というよりはキャッチボールだ」という謎めいた言葉で評したことを知り、書簡や他の作家の作品にあたって、六の宮の姫君が執筆された経緯を探し出す。

自分は真の本読みではない、と痛感した作品。

なんの説明もなく登場する既知の人物や、今回の物語と関係しない人物に戸惑いましたが、実は「円紫さんと私」シリーズ作品の4作目だったのでした。表紙や裏表紙のあらすじに書いていなかったので、気付かず読んでしまいました。さほど問題はなかったけれど、円紫師匠の登場が唐突だったことと、男言葉で喋る「正ちゃん」の人物像が分からず、飲み込むまで少し時間が掛かりました。

お話としては、特に事件が起きるわけでなく、解いても解かなくても誰も困らない謎をゆっくりと解いていく過程が描かれるだけなので、迫力はなく、地味な作品です。
肝心の「六の宮の姫君」が作られた理由も、なるほどこういう視点で作品を読んでいくとそう読み取れるのか、と感心したけれど、学がなければ読み取る力もない私は、自身の実感として納得できず、カタルシスは得られませんでした。
でも、最後まであっという間に読んだのは、淡々としたごく普通の日常の描写や、会話のセンスが素晴らしかったから。
あと、多数の小説家の名と代表作が上がるので、文学に対する興味が刺激されます。とりあえず、菊池寛は読んでみたいと思いました。

四字熟語が頻出するのは、文学部の学生である〈私〉の表現なのかしら。丁度四字熟語の勉強をした後だから付いていけたけれど、危うく国語辞書を片手に読書しないといけないところでした。
あと、解説を読むまで〈私〉=北村薫=女性だと思って読んでいました。騙されました……。

なお、芥川龍之介による「六の宮の姫君」は下記(青空文庫)で読ませていただきました。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card130.html

三上延著「ビブリア古書堂の事件手帖 〜栞子さんと奇妙な客人たち〜」

古書堂に持ち込まれる謎を、女店主・栞子が解き明かしていく安楽椅子探偵モノ。
「日常の謎」系だと思っていたのですが、結構事件性が強く、重い話が多いです。一話からして、亡き祖母の不倫が明らかになるという、当事者(主人公)にとっては結構厳しい展開でした。
1巻に収録されている短編が、すべて最後の事件の布石であったという構造は、ちょっとしてやられた感。
お話のテンポは、全体的にサクサク進むのでとても良いです。
古書を転売する「せどりや」という商売があることや、刑務所の「私本読許可証」など、本にまつわる蘊蓄が面白かったです。
一部のキャラクターたちの、本に対する執着には、ちょっと異常なものを感じて受け付けませんでしたが……。

なお、講談社マンガ版2巻の表紙ドラマ版のビジュアルイメージが念頭にあったので、店主の栞子が古書堂にいるシーンが一度も無いことにビックリしました。