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ポール・アダム著 青木悦子訳「ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密」

【あらすじ】
ヴァイオリン職人のジャンニは、楽器の緊急修理を引き受けたことで、若き天才演奏家エフゲニーと知り合う。彼の演奏会の翌日、美術品ディーラーが死体で発見された。ディーラーは、エリーザ女公がパガニーニに贈った、黄金製の超小型のヴァイオリンケースを所持していた。ジャンニは、中にあった筈の小型ヴァイオリンの行方と、女公の手紙に書かれている失われた楽曲の謎を追い始める——。

前作はヴァイオリン職人、今作はヴァイオリン奏者パバロッティにまつわる探求物語。
今回は被害者や犯人の求めるものが分からない状態から始まるため、事件が複雑ですが、推理要素はやはり味付けです。犯人は、前作に比べれば伏線があったと思いますが、やはり拍子抜けしました。一番致命的なのは、登場時にこれといった印象がないせいで、犯人として再登場しても「誰?」となり、登場人物解説に戻らざるを得なくなることだと思います。そもそも、ジャンニの推理力が高過ぎたり、偶然を引き寄せる力が強過ぎます。
そんなわけで、相変わらずのウンチク小説ですが、品とウィットがあって勉強になって面白い点も変わらず、満足しました。

解説はピアニストにしてエッセイストの青柳いづみこ氏ですが、欲を言えばヴァイオリン奏者の方が良かったかな。
冒頭の物語をかいつまむだけの解説で、残念でした。

ポール・アダム著 青木悦子訳「ヴァイオリン職人の探求と推理」

【あらすじ】
クレモナのヴァイオリン職人ジャンニは、殺された同業の親友トマソが「メシアの姉妹」と呼ばれる幻のストラディヴァリを探していたことを知り、友人の刑事と共に探求に乗り出す。

面白かった!
原題は「THE RAINALDI QUARTET」という素っ気ない題ですが、非常に適切な邦題にされて良かったです。「ヴァイオリン職人」というキーワードがなかったら、恐らく手に取らず、出逢えなかった一冊でした。

連続殺人ミステリーではあるものの、主人公ジャンニ・カスティリョーネは老ヴァイオリン職人ということで、全編に美しさと乾燥と落ち着きが満ちているように感じました。
ストラディヴァリやグァルネリ・デル・ジェスといった名器については勿論、音楽、土地、人に対する考察や描写も堪能できます。舞台となる時間軸・土地が広大で、それに伴い登場人物も多く、少し混乱する箇所がありましたが、その苦労も面倒ではありません。ヴァイオリン経験者なら惹き込まれると思いました。
ただ、ミステリーファンには、肝心の推理が唐突且つ少し無理矢理な部分もあって、批判されそうかな……とも思いました。
殺人事件の推理よりも、ヴァイオリンへの愛と探求がメインのお話として捉えれば、満足できるでしょう。

フィリップ・リーヴ著 井辻朱美訳「アーサー王ここに眠る」

【あらすじ】
孤児の少女グウィナは、アーサー王に仕える吟遊詩人ミルディンに拾われた。水潜りの上手さを見込まれたグウィナは、ミルディンが演出する“魔法”の片棒を担ぎ「湖の精」としてカリバーンを王に渡す。その後、湖の精の正体を隠すためミルディンの従者として少年を演じていたグウィナだが、やがて年頃になってしまい、王妃の侍女になる。ところが今度は王妃の不倫の片棒を担ぐ羽目になり、逆上した王に誅される寸前、辛くも逃げ出す。男と女で入れ替わる生活の末、ミルディンと王の死を看取ったグウィナは、アーサー王の最後の戦いを語る新たな詩人となっていた。

斬新なアーサー王物語。
アーサー王がいかにして伝説になったかという「現実と物語」を描くと同時に、グウィナが演じる「少女と少年」という二つの生きかたを描く、二重写しのお話です。
ミルディン(マーリン)が、ケチな戦いも大きなもののように吟じてアーサーを支援することで、伝説がどんどん膨れあがっていくのが面白いです。正確な情報が得られなかった時代であり、口コミの力を感じます。
本作のアーサーは高潔な王ではなく、その時代にごく普通にいた略奪者の一人に過ぎないし、円卓の騎士も、彼と行動を共にするごく普通の戦士たちでしかないのですが、それゆえ等身大の人物が描かれていて、伝説よりも生き生きとしていると感じました。

以下、私が本作に惹き込まれた箇所の引用です。

なんだかふたりのアーサー殿がいるような感じになってきた。わたしの故郷を焼きはらった冷酷な男と、ミルディンの物語の中に住んでいて、魔法の鹿を狩ったり、巨人や山賊と戦ったりする別の男と。物語の中のアーサー殿のほうが好きだったが、そのいさおしや神秘のいくらかが現実の男のほうにもふりかけられて、収穫の季節に砦にもどってアーサー殿に会ったときには、わたしはどうしても、この男がアイルランド海でガラスの城を手に入れたり、<黒い魔女>を桶のように真っぷたつにしたりしたときのことを考えてしまった。

実のところ、月組公演(アーサー王伝説)の予習として読み始めたのですが、アーサー以外の登場人物名が、見知った円卓の騎士とまったく違うので、最初は混乱しました。
しかしそのお陰で、ランスロットに当たる人物が登場しても分からない、という効果があったと思います。アーサ王伝説である以上、王妃が不倫するのは当然なのに、その瞬間まで気付かず、主人公と一緒にショックを受けました。

訳文は、児童書っぽい感じでしたが、お話が一区切りごとにサクサク進むので、比較的読みやすいと思います。
少し硬質な部分も含めて、血腥さと森と土の匂いがする、ブリタニアの物語を堪能できました。

ヘスター・ブラウン著 今泉敦子訳「逃げ出したプリンセス」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
ロンドンで暮らす庭師エイミーが同居人のホームパーティで知り合い、恋に落ちた理想の男性レオは、小国のプリンスだった。末端の王族とごく「普通」に結ばれるはずが、継承権の変更により皇太子の婚約者になってしまう。お妃教育と中傷に耐えるエイミーだが、パパラッチに不安障害の母を狙われたことから、婚約を解消する。行方不明の姉が見付かり家族が普通を取り戻した頃、王位継承の見直し法案を出して皇太子を下りたレオが、改めてエイミーに求婚し、二人は結ばれる。

上巻は、恋が実って付き合いだすときめき。下巻は、現実問題が押し寄せるハラハラ感がありました。
現代版シンデレラというべきお伽噺ですが、嫁ぎ先には、放蕩児の義弟が良い奴に見えるくらい、スーパーモデルの姑(予定)や小姑といった強烈なキャラクター、しきたりと公務の試練など揃っていて、身分差結婚の現実的な問題が噴出。これらをどう解決するか、期待してページを先へ先へ捲っていったのですが……

主人公エイミーは、庭師として仕事をしているときは生き生きしているし、性格的にも共感はできるのですが、極度の引っ込み思案、自虐、秘密主義といったところでイライラさせられました。
庭仕事は自分の仕事だといって手放さないくせに、皇太子妃の公務の方には不誠実です。「分かっている」「やります」と口ではいうけれど、力を割いているように見えませんでした。
公務を前に、何も告げず逃げ出した時点で、他人に多大な迷惑をかけています。それでもエイミーに固執するレオの気持ちも理解できません。
結末は、姉の継承権を正当にするという名目はあるけれど、結局、エイミーに皇太子妃は無理だから、レオが皇太子を下りたとしか言えず、結婚後、二人が母親と姉から軽んじられるのは間違いないでしょう。また、恋の熱情が醒めたときにレオが後悔しないのかも心配ですし、エイミーにとっても痼りになる気がします。
なにより、ゾエによる「2年後」の予言も無価値になってしまって、非常に残念です。

物語の最初から引っ張る実姉の犯罪も、正直、ひた隠しにするから余計に重くなるのでないかな、と思います。第三者の意見であって、彼女たちが前向きに捉えられないことは理解できるけれど。
第一、ロイヤルウェディングの相手となれば、普通、もっと厳重に身元調査しますよね。姉の存在がなかなか明るみに出ないのは、本書では唯一無理のあるところだと思いました。

訳は読み易いし、スマートフォンとGoogleとダウントン・アビーが登場するお伽噺は楽しかったのですが、あまりに地に足の着いた作品で、せっかくのお伽噺に自分で水を差してしまった気がします。

エーリヒ・ケストナー著 池田香代子訳「エーミールと探偵たち」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
祖母のいるベルリンへ行く列車に乗ったエーミール少年は、居眠りした隙に、愛する母親から預かった金を盗まれてしまった。エーミールは、街の少年たちの協力を得て犯人を追い、金を銀行に預けようとした犯人を捕まる。

ケストナー作品は「飛ぶ教室」「二人のロッテ」を子供時代に読んでいますが、本書は初読。

展開は非常に真っ直ぐなものです。犯人は最初から分かっていて、少年たちがするのは尾行程度なので、無理がありません。
犯人を追い詰める段階になると、大人たちも、真面目に子供の話を聞いてくれます。
ただ、お金がエーミールの物だとどう立証するのか?という箇所が肝で、読み進めながら密かにドキドキし、この難問を解決できた瞬間、ホッと息を吐きました。

他愛無い話なのに、そうやって応援したくなるのは、エーミール少年が母親想いで性格の真っ直ぐないい子だからです。
また、金を盗まれたことを警察に訴えず自分で追い掛けることに、子供らしい理由があって、そこも可愛く、少年の思考として無理がないと思いました。

また、エーミールに協力する少年たちは沢山いますが、エーミールの祖母が言う通り、ディーンスターク少年が偉いです。
ディーンスタークは犯人の追跡をしたいと立候補しているのに、電話係にされてしまい、けれどその任を完璧にこなします。子供なのに仕事に対する責任感を抱いているのが素晴らしいし、且つそのことが最後にきちんと評価されているので、とても嬉しくなります。この辺は、ドイツの国民性かな、などと思ってしまいますね。