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サンドラ・ブラウン著 小林町子訳「甘い一週間」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
堅物の生物学者アリソンは、双子の姉アンに頼まれ、数日間、姉に成り済ますことになる。初日の夜、アンとして姉の婚約者から親友スペンサーを紹介されたところ、二人は互いに惹かれてしまう。自分に自信がなく、アンを装っていなければ好かれないと思うアリソンだったが、正体を知ったスペンサーはアリソン自身に求愛し、二人は結ばれる。

ハーレクイン系のロマンス小説。
双子の姉アンと入れ替わる前半のエピソードと、スペンサーの求愛を受け入れるまでの後半で印象が違います。
ヒロインが、自己評価の割にかなり大胆で官能的だったり、男女とも完璧すぎるバカップルで現実味がなかったりしますが、題名を裏切らない甘々ロマンスではありました。

入れ替わりものは、普通「主人公の正体がバレないかハラハラする」という楽しみかたをすると思います。
しかしこの作品の場合、導入となる「内緒で豊胸手術を受けてビックリさせたいから、手術の間、妹を自分の影武者にして婚約者と過ごさせる」というアンの神経が受け入れがたく、アリソンに「早く正体をバラしてしまえ!」と念を送ってしまいました。
特に腹立たしかったのは、姉の婚約者が、妹(自分)のことを笑い者として語るシーン。彼が平気でそういう発言をするということは、姉も日頃それを許している、或いは同調していたものと推測できます。そういう点がそのまま置き去りにされ、謝罪も撤回もないので、不快でした。
スペンサーはアリソンの魅力を認めているようでいて、親友の婚約者に惚れてしまったというシチュエーションなのに、大して思い悩まずアン(実はアリソン)に求愛するのが、いかがなものかと思いました。

ただ、アリソンがそういう扱いを甘受する理由である「月曜日の子」(マザーグース)の詩は、面白いですね。
気になって調べたところ、私は、安息日(日曜日)の子供でした。かわいく賢くやさしく明るいんですって!

Monday's child is fair of face,
Tuesday's child is full of grace,
Wednesday's child is full of woe,
Thursday's child has far to go,
Friday's child is loving and giving,
Saturday's child works hard for a living,
And the child that is born on the Sabbath day
Is bonny and blithe, and good and gay.

ジャンニ・ロダーニ著 内田洋子訳「パパの電話を待ちながら」

56編の童話ショートショート集。
ショートショート集といっても、星新一作品ではなく、宮沢賢治作品寄り。
シンプルにして奇想天外、荒唐無稽な物語に、優しく愛の溢れた味わいがあります。
言葉遊びが織り込まれたものも多く、イタリア語の原文が読めたら面白そうです。イタリア人の感性なのか、全体的にシュールな話が多いですね。でも子供とは、こういう理屈が通用しないメチャクチャな話を好むものかもしれません。
また、言葉遊びが織り込まれたものも多く、イタリア語の原文が読めたら面白そうです。

正直なところ、子供の心を失った大人である私は、オチのない話ばかりで楽しみかたが分かりませんでした。
唯一「雑誌から飛び出したネズミ」は、ごく普通のショートショートとして面白かったです。読み終わって「トムとジェリー」の猫とネズミが頭の中に浮かびました。

ジョージ・オーウェル著 川端康雄訳「動物農場 ーおとぎばなしー」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
横暴な人間を追い出し、動物たちは自分たちで農場経営を始め理想郷を作り出す。しかし、管理運営を担当する豚たちは私腹を肥やすようになり、権力闘争の末に粛清を始め、人間が支配していた頃より残酷な独裁が始まった。

ディストピアもの。
文体は「おとぎばなし」を演出する「ですます調」で優しい雰囲気なのに、非常に静かな恐ろしさがある作品。
政治の話はしない、というのが私のブログルールなのですが、こういう作品に対して政治思想から完全に離れた感想を述べるのは難しいですね。

動物たちの自治という寓話で、理想とかけ離れた現実の共産主義を批判していますが、対象を共産主義に限定せず、権力腐敗と独裁が始まるプロセスとして読むことも可能でした。
動物たちが自分たちで定めた「七戒」に、豚が但書を付けて意味合いを変えてしまう部分には、薄ら寒いものを感じました。

本編は文庫の2/3程度で、残りは付録として訳注、オーウェルによる序文「出版の自由」と「ウクライナ語版のための序文」の2編、訳者解説。
付録扱いであるこの「序文」が素晴らしいです。
共産主義を理想とする「ユートピア文学」というジャンルがあり、その後「ディストピア文学」が生まれたということは知識として知っていましたが、この序文を読んで経緯がよく分かりました。
そして、なにより心打たれたのが此処です。

だが、ローザ・ルクセンブルクが言ったように、自由とは「(異なる考え方をもつ)他者のための自由」なのである。同じ原則がヴォルテールの有名な言葉にもふくまれている。「君の言うことが大嫌いだ。だが、君がそれを言う権利をわたしは死を賭しても護る」と。

序文「出版の自由」より引用

言論・出版の自由とはなにか、考えさせられました。

キプリング著 金原瑞人・三辺律子訳「プークが丘の妖精パック」

【あらすじ】
ペベンシーに住む兄妹ダンとユーナは、偶然、英国に残った最後の妖精パックを呼び起こした。パックから〈占有権〉を受け取り、オールド・イングランドの所有者と認められた2人は、魔法によって歴史上の人物と引き合わされ、英国の真の歴史に触れていく。

訳者あとがきにて「なぜこんなにおもしろい作品がいままで訳されなかったのか、首をかしげる人も少なくないと思う。」と記されていますが……
英国史ネタという時点で、本書を読んで100%面白いと思える日本人がどのくらいいるのでしょうか。
というわけで、英国史に通じていないと堪能できない小説だと思います。
1人目のリチャードの冒険潭等は、歴史的背景が関係ない部分なので楽しめたけれど、後半の3編のうちハルとカドミエルの話はチンプンカンプン。各時代のお話が最終的に繋がる構成は素敵でしたが、やはり根本から理解できたとは思えず、消化不良感が残りました。
本書の前に、英国史が分かる小説が必要かもしれません。

ガーネット著 安藤貞雄訳「狐になった奥様」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
テブリック氏の妻シルヴィアは、ある日狐になってしまった。変身したシルヴィアは、次第に内面も狐そのものに変わってしまい、テブリック氏は愛と失望で苦悩するが、やがて獣そのものの狐を愛するようになる。

非常に短く、次第に野生化する妻と、それを愛し続ける夫という非常に簡潔な設定とストーリーの作品ですが、じっくり読まされました。
カフカの「変身」、佐藤亜紀の「モンティニーの狼男爵」は、変身した人物が主人公ですが、このお話は狐に変わってしまった妻を見守る夫の方の視点で進むのが面白いです。

物語の最後にある驚くほど素っ気ない一文で、テブリック氏のその後の人生を考えさせられました。