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ヴェルヌ著 高野優訳「八十日間世界一周」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
英国紳士フォッグ氏は、全財産の半分を成功に賭けて、80日間で世界を一周するという旅に出る。道中の様々な障害を乗り越え80日で英国に戻ったフォッグ氏だったが、氏を逃亡中の銀行泥棒と勘違いしたフィックス刑事に捕まえられ、約束の刻限に遅れてしまう。だが翌日、氏は日付変更線を越えて1日前に戻っていたことが分かり、賭けに勝利する。

さすが、古典は面白い!

英国紳士が、ギリギリのスケジュールを粛々と進めていく作品。途中、船に乗り遅れてしまったり、殉死を強要させられた婦人を助ける等の事件も勃発するのですが、フォッグ氏は剛胆さと財力で解決して、決して慌てることがありません。
最後は賭けに負けてどうなるのかと思いきや、叙述トリックで大成功という気持ちのいい終わり。
本人たちは至って真面目だけれど、どこかユーモアたっぷりな浮世離れした主人と従者の旅という意味で、近代版「ドン・キホーテ」だと思いました。実際、フォッグ氏の召使いパスパルトゥーには、サンチョ・パンサのイメージが被りました。

日本人としては、日本(横浜)が克明に描写されていて、且つ悪くない描かれかたなのも嬉しかったです。

ライマン・フランク・ボーム著 柴田元幸訳「オズの魔法使い」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
竜巻によって家ごと不思議なオズの国に運ばれてしまった少女ドロシーは、故郷カンザスへ帰るため、魔法使いオズへ会いに行く。しかし、大冒険の末に会ったオズは、魔法使いではなくただの人だった。落胆するドロシーだが、実は彼女がオズの国へ来たときに手に入れた銀の靴は、所有者を望みの場所へ運ぶ魔法の道具だったと分かり、カンザスへ帰還する。

登場人物や、ドロシーがオズに会いに行って、実は……というあらすじは常識のように知っているのに、細部は全然知らなくて、こういうお話だったのか、と驚きながら読みました。
短い寓話なのにテーマを織り込んだらあらすじが常より長くなってしまいましたが、要は、脳みそのないかかし、心がないブリキの木こり、勇気がないライオンはもちろん、銀の靴を手に入れたドロシーも、実は「最初から望むものを持っていた」というお話なんですね。

女の子が不思議の国を巡る冒険潭。とても明るく前向きで気分が良い作風は、アメリカ合衆国生まれのファンタジーだからかな、と思いました。
なにより、仲間がみんな「いい奴」なんですよね。
誰もが少女のドロシーをちゃんと立ててくれるし、お互いを見捨てず、勇気と知恵で乗り越えていって、最終的にはみんながそれぞれ幸せを掴み、周囲からも認められるので、読了感が良かったです。

解説によると、「オズの魔法使い」は人気作になったため、続編が多数作られたそうですが、ドロシーはカンザスに帰っているのに、どうやってオズの国のお話を続けているのか、気になりました。

ディケンズ著 中川敏訳「クリスマス・キャロル」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
スクルージは、ケチで意固地な嫌われ者である。だが、聖夜に訪れた精霊によって、「金より人を愛して幸せだった過去のクリスマス」「身近な者が迎えている現在のクリスマス」「孤独の内に死ぬ未来のクリスマス」を体験して心を入れ替え、寛容と親切を実践するようになる。

季節外れの読書。
「世界文学全集」で同じものを読んでいるはずですが、ほとんど記憶がなく、かなり新鮮な気持ちで読みました。

キリスト教の精神が根底にある作品ですが、キリスト教視点が下敷きになった「ナルニア国物語」等と違って、キリスト教信者でなくても普遍的な内容として読めます。
有り体に言えば教訓ものですが、スクルージが体験する3つのクリスマスはそれぞれ興味深いし、説得力があって面白いです。
子供に読んでもらいたい本として選定しておきます。

フィリッパ・グレゴリー著 加藤洋子訳「ブーリン家の姉妹」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
国王ヘンリー8世の愛人であるブーリン家の娘メアリーは、出産を機に平凡な家族愛を求めるようになる。一方、上昇志向の強い姉アンは、妹の出産の間に王を籠絡し、王妃をも追い出す。しかし男児を産めなかったアンの先には断頭台が待っていた。メアリーは凋落したブーリン家から離れ、平凡だが夫や子供たちと一緒の暮らしに踏み出す。

面白い!
本作のアン・ブーリンは、国王を籠絡し王妃を追い出し勝手に振る舞う悪女だけれど、この時代の女性としてできる範囲で上り詰めた上昇志向は凄いし、最終的に自分も男児を産めず追い詰められていく様は可哀想でもあります。何事もやり過ぎはいけないんですね。
先月の舞台「レディ・ベス」のアン像とは真逆で、そういう解釈の違いも面白かったです。
小説も勿論史実をそのまま描いているわけではありませんから、アンとメアリーの姉妹関係や、メアリーが産んだ子供がヘンリーの子かは分からないようですね。

キャサリン王妃の孤独、アンの凄まじい上昇志向、それに対するメアリーの嫉妬と愛。どれも圧巻でした。
終盤のメアリーは愚かで少し呆れたけれど、それも凡人である証左かもしれません。
女性陣が良くも悪くも個性的で格好いいのに対し、男性は全体的に印象が薄いです。ヘンリー8世がカリスマ国王から転落していく過程は、結構ゾッとしました。

しかし……この時代、メアリーとかヘンリーとかウィリアムとか同名が多過ぎでしょう。時々混乱しました。
歴史小説だから人名を変えるわけにはいかないけれど、創作小説だったらこんなに無意味に同名キャラクターが登場するだけで評価が下がるところです。

日本語訳は、少し引っ掛かる時があり、そこは残念でした。

サマセット・モーム著「夫が多すぎて」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
戦死した夫の友人と再婚した美女ヴィクトリア。ところが、戦死は誤報で夫が戻ってくる。ヴィクトリアとの結婚生活にうんざりしていた夫2人は、自己犠牲的精神を装ってお互いにヴィクトリアを譲り合おうとする。ヴィクトリアは大金持ちを射止めて2人と離婚し、三方が丸く収まる。

3幕ものの戯曲。
1幕はヴィクトリアが自分の妻だと思っている1人目の夫に再婚を伝えるところ、2幕はヴィクトリアの奪い合いに見せかけた譲り合い、3幕は離婚裁判に関する風刺が山になっています。
ストーリーも登場人物もシンプルでコンパクトなお話でした。

翻訳物の喜劇戯曲は、傑作と謳われている作品でも、台詞だけ読んだだけでは面白いかどうか私はいまいち実感できません。コメディ作品は、演じる俳優の力に左右される部分が大きいと思うからです。
しかし、本作では、妻の自己中心的な我が侭にうんざりしていた2人が、「友情」と「愛情」で誤摩化しながらお互いに妻を押し付け合う2幕はウィットが利いていて、ト書きならではのリズム感もあって面白かったです。
逆に、3幕は当時の風俗が影響するので、現代日本人が当時の民衆と同様に嘲笑できるか微妙ですね。離婚裁判のため、夫の浮気相手を弁護士が用意する(しかもそれを専門に請け負うご婦人がいる)という辺りなんかは、協議離婚がない国だけあるなと興味深く感じましたが。