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トルストイ著 木村浩訳「復活」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
青年貴族ネフリュードフは、陪審員として出廷した裁判で、かつて自分が出来心で関係した下女カチューシャが娼婦に身をやつし、無実の罪でシベリアへの徒刑を宣告されるのを見る。罪の意識に目覚めたネフリュードフは、己が属する貴族社会へ疑念を抱き、彼女の更生のため人生を捧げようとする。しかしカチューシャは愛ゆえにその犠牲を受け入れず、囚人隊で知り合った政治犯と結婚する。

「復活」を読み終えて真っ先に思ったのは、花組公演の脚本が実に良くできていたということです。登場させるキャラクターやエピソードの取捨選択と合成、そして全体的な“善良化”が施されていたとわかりました。
逆に、カチューシャとのロマンスや彼女の特赦嘆願のためのあれこれは、原作では主題でないと感じました。
恐らくトルストイが描きたかったのは、当時のロシア体制に対する批判と、最後にネフリュードフが知った神の国へ繋がる道なのでしょう。

本作を読んでいると、帝政ロシアが革命によって倒れ、社会主義国家になっていった当時の空気感が、なんとなくわかる気がしてきました。
また、貴族社会や農奴との関わりで良い方にも悪い方にも振れるネフリュードフの葛藤は、非常に納得と共感ができました。トルストイ自身に同じような過去があるということですので、その実感が生きているのでしょう。
ただ、収容所やシベリア移送の悲惨さの状況描写は少しくどく、こういう部分がロシア文学の暗く鬱屈としたイメージを産むのではないかと感じました。

プーシキン著 神西清訳「大尉の娘」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
青年士官グリニョフは赴任先の大尉の娘マリヤと恋に落ちる。やがて反乱により町はコサックに乗っ取られるが、首魁プガチョフはグリニョフから上着を恵まれた過去があり、2人を逃がす。グリニョフはプガチョフへ友情を抱きつつ、軍人として戦い続ける。しかし反乱が治まると、グリニョフはプガチョフとの交友から内通を疑われ流刑を言い渡されてしまう。マリヤは単身ペテルブルグへ赴き、女帝に直訴して許しを得る。

あらすじの3文目はなくてもお話の流れは分かりますが、熟考の末入れました。
この作品は歴史物でもあり、冒険活劇でもあり、恋愛物でもあり、どれも重要なパーツですが、一番の面白みは主人公とプガチョフの奇妙な友情的な関係だと感じたからです。

前回「オネーギン」で大苦戦したのが嘘のように、楽しく読めました。
昭和14年の古い訳ですが、読みやすかったです。グリニョフが体験した出来事を語る形のため視点が定まっており、「オネーギン」のように混乱しなかったという点は大きいでしょうが、物語自体も面白かったです。
残酷な展開や無情感もあるけれど、読了感が良いため、全体的には清々しい気持ちになる作品でした。

プーシキン著 池田健太郎訳「オネーギン」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
放蕩児オネーギンは、純真な田舎娘タチアーナから愛の告白を受ける。オネーギンは我が身を省みて「他に相応しい人が現れる」と彼女を拒絶する。数年後、公爵夫人となったタチアーナと再会したオネーギンは、社交界の尊敬を受ける彼女に恋し気が狂う程になるが、成長したタチアーナは自分を律し彼を拒絶する。

プーシキンの代表作。
寡聞にして「韻文小説」というものに初めて触れたのですが、要するに韻文で書かれている小説のことですよね。それが散文に訳されている段階で、本作の本質はほとんど失われているのかも知れません。
はっきり申し上げると、実に読みにくい本でした。
約180ページしかない本文に、大変な時間が掛かりました。これまでの読書体験で最も読み進めることに苦労した作品です。
ストーリーはシンプルなのですが、語り手であるプーシキン自身の感想や揶揄が頻繁に入り、話があちらこちらに動くので披露しました。

有名な作品である為に、簡単な粗筋は知っていました。そのため、タチアーナの告白はもっと酷い振られ方をするのだと思っていましたが、拒絶する理由が分かり易く、とても誠実な振り方だと思いました。そのため、私はタチアーナが延々引き摺るほどショックを受けたことに驚きました。
まぁ、一度は毅然と振っておきながら、人妻に切々と恋文を送るオネーギンも度し難い人物だと思いましたが……。

この岩波文庫版には、訳者の後記と付録として二篇の文章が収録されています。
その内の一篇「翻訳仕事から」は個人的に大変興味深く読みました。

モーリス・ルブラン著 平岡敦訳「ルパン、最後の恋」

2012年に出版されたシリーズ最終作と、シリーズ第1作の初出版(未改稿版)をセットにした1冊。
普通の単行本より縦長でスマートな形態。お洒落でありながら、小口が黄色くて古めかしい印象もあり、雰囲気のある装丁です。

ルパンシリーズは初めて手に取りました。
思ったよりも淡々と進むので、少し戸惑いました。4人の男の誰がルパンか推理させるのかと思いきや本人があっさり告白するし、いつの間にか恋に落ちているし、なぜ問題の本が狙われるのかもよくわからなかった。ミステリー小説ならお約束だと思っていた、緻密なトリックや伏線がまったくないのです。メリハリに欠けるので、真犯人が判明しても驚きもありません。
この作品は作者の遺稿であり、推敲途中だったという巻末の説明に、大変納得しました。
要するに、骨だけで肉付けがまったく足りないお話なのですね。
でもつまらない作品なのかというと、騎士道精神溢れるルパンというキャラクターの魅力で、結構楽しく読めました。
個人的には、副題が「最後の恋」である表題作のみならず、第1作から女性とのロマンスが含まれていたのが、フランス人らしいところかな、と思いました。最初の作品と最後の作品でテーマが通じているように見えるのが面白いですね。

小説の主人公は感じがよくなければならない
――本書付録より

というルブランの考えは、私も指標にしようと思いました。

アルフレッド・ベスター著「虎よ、虎よ!」(早川書房/中田耕治訳)

【あらすじ】
残骸となり漂泊する宇宙船ノーマッドで生き延びたフォイルは、兄弟船ヴォーガが救助信号を無視して去った事に絶望し、復讐を誓う。地球に帰還したフォイルは、復讐相手を見つけ出そうとするが、同時にその頃、ノーマッドにあった特別な積荷を得ようと財閥の主や軍関係者が彼を追っていた――

「モンテ=クリスト伯」を読んだ時に、同作をモチーフにした傑作SFとして紹介された作品。
「ジョウント」と名付けられた瞬間移動能力の発見を描いたプロローグが面白くて、その勢いで最後まで読まされました。
ただ、余りに粗野で無計画なフォイルが抱く復讐の一念に共感できず、荒唐無稽なアメコミと思うことで読み進めていたら、最後にそれまでの展開をすべて投げ出し、主人公の意識が超次元的に揺らぐ終盤は理解が追い付かず、読み解く事を放棄してただ字面を追ってしまいました。
また、タイポグラフィで表現する小説は、効果があるのだろうか?と疑問を感じます。読み難いだけだと私は思うのですが……。

私の好みと懸け離れていたのと、SF版「モンテ=クリスト伯」と思って読んだ為に、低い感想になっていることは認めます。
思想や行動がぶっ飛んでいる登場人物、矢継ぎ早なテンポ、思いも寄らない問答、後の作品に多大な影響を与えたという各種の設定など、見所は多数あります。

ちなみに、表4(裏面)しか目にしないままブックカバーを掛け、読み終わってからカバーを外した時に、記事冒頭の異様で力強い表紙絵を見て驚きました。これを見ると、フォイルの顔を見て怖気を感じる人々の気持ちが頷けます。