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田中芳樹著「タイタニア」全5巻

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
全宇宙を実効支配するタイタニア一族。だが、タイタニアの有力者を奇策で破ったファン・ヒューリック提督の出現を引金に、一族の長たる藩王の後継を巡る争いが表面化した。藩王の煽動で若き公爵同士が闘い、抗争の末、タイタニアはすべての有力者を失い、宇宙はタイタニアの支配から解放され、秩序なき時代へ突入する。

一見似たようなパーツを使って、「銀河英雄伝説」とは逆の方向を目指したと思われる作品でした。
途中、刊行が途絶えた時期があり、その境目が3巻なわけですが、この巻が滅法面白いんですね。2巻までは割と地味な話という印象だったのが、3巻で焦点が決まり、ついにアリアバードとジュスランがイドリスと全面対決することになる。
……というところで、再開の見込みなく二十年も放置された当時の読者は、堪らないですね。
二十年ぶりに出た続刊である4巻は、3巻からの流れがちゃんと生きているし待ちに待った艦隊戦で引き込まれましたが、完結となる5巻は、終盤に辻褄の合わない箇所があったり、ゼルファの処理が適当だったりと、風呂敷を畳むことに集中し過ぎて色々手抜かりがありましたね。

新しい時代を作るエネルギーがあった「銀河英雄伝説」に比べると、破滅を描いた作品であるため、主要人物であるジュスランが自虐的で熱量を持たないキャラクターであることが面白いなと思ったのですが、最終的にはすべて藩王の狂気としてタイタニアの滅亡をまとめてしまったのが残念でした。内部崩壊を願うものが頂点だったら、滅亡するのは当たり前というか……。
タイタニア一族はほとんど全員が、誰かの足を引っ張ろうとしていたり底意地の悪さを持っているので、アリアバード、バルアミー、リディア姫といった、清涼剤のような面々が余計に好ましく感じられました。
アリアバードに関しては、元々誠実で地味というポジションがキルヒアイスやミュラー的で好きだったのが、3巻の「きどるな、ばかっ!」で頂点に達しました。
バルアミーは、青臭さが良い。
リディアは、最初はこまっしゃくれた子供かと思いきや、とても聡明ないい子で、けれどただの純真無垢ではなく、自分と祖国を高く売りつけようとする計算高さも持ち合わせた、素晴らしい王女様でした。
ちなみに、ジュスランには「将軍にならなかった慶喜」という印象を持ちました。

日誌を書こうとしたら地震があったので、慌ててコンピューターの電源を落としました。広範囲に渡る揺れだったようですが、マグニチュードの割に震度はそこまで大きくなくて安心しました。

コリー・ウィルス著 大森望訳「ザ・ベスト・オブ・コリー・ウィリス 混沌ホテル」

中・短編SF集。
最初が表題作「混沌ホテル」ですが、これが一番困惑する作品でした。訳者後書きには下記のように記載されていて、正にこの通り。

量子論をマクロレベル(というか、日常生活)に適用した“見立て”のおもしろさがミソなので、そこがぴんと来ないとどこがおもしろいのかよくわからないーーというか、隔靴掻痒の気分を味わうかもしれないが、なんとなくサイセンスをネタにしているらしいハリウッド観光コメディだと思って読んでも、けっこう楽しめるんじゃないかと思う。

私は、まず量子論というもの自体がぴんと来ないし、キャラクターにイライラするし、という具合で楽しめなかったですね。
そのせいで、残りの4作は読まずに止めようかと思ったくらいです。
でも結論から言うと、私が面白くないと感じたのはこの1作目だけで、あとは面白かったのでした。

ガラッと印象を変えたのが2つ目の短編「女王様でも」。
なんと、月経をネタにした作品というアイデアの段階で脱帽。結局、なにが起こるという話でもないのですが、女同士の会話の応酬が面白かったです。現代でも「健康のためにはピルを飲んだ方が良い」という人と、「自然に反している」という人とがいますから、現代女性にとってもリアルなお話ですね。

中編「インサイダー疑惑」はインチキ霊媒を暴くデバンカーの話。
SFというより、どちらかというとミステリ仕立てで、懐疑主義者の男が美人助手と霊媒を見に行くと、お定まりの「アトランティスの大神官」の降霊をやっているが、突然雲行きが変わり……という導入。
この導入で、いかに観客を騙すかという詐欺の技術が語られているのがまず面白いし、テーマとなるヘンリー・ルイス・メンケンという人物が実に振るっています。私はメンケンについてまったく知らなかったのですが、彼の金言を読むだけでも興味が掻き立てられますから、その「本人」が登場するとなれば、面白さは保証されたようなものでした。

短編「魂はみずからの社会を選ぶ -侵略と撃退:エミリー・ディキンスンの詩二篇の執筆年代再考:ウェルズ的視点」は、ディキンスンの詩を論文仕立てでSF的解釈したコメディ。
最初困惑したけれど、受け取りかたが分かったら笑いっぱなし。こういうお話のスタイルもあるのか、と驚きました。

中編「まれびとこぞりて」は、宇宙人との交流を描いたお話。私は聖歌の知識があり、歌がある程度わかるためそれなりに面白かったけれど、人の話を聞かない人間が出てくるので疲れました。
でも、先方からアプローチしてこない宇宙人とのコミュニケーションを模索するという視点は面白かったです。

全体的に、女性作家ならではのSFなのかもしれません。体験を巧みに折り込んでいたり、ユーモアに溢れていたり、なかなか楽しめました。
それだけに、表題作が一番評価の難しい、読む人を選ぶ作品だった点が残念だなと思います。

ロバート・F・ヤング著 伊藤典夫他訳「たんぽぽ娘」

何度読んでも、訳を変えても「たんぽぽ娘」は傑作ですね。
しかし、私が元々SFに興味が薄いゆえか、他に強く心に残る作品はありませんでした。
そして、訳者あとがきでヤングの作品傾向に「少女愛」が見られることを知ってしまうと、この「たんぽぽ娘」という傑作にもケチが付いた気がしました。

13編のSF短編集。訳は「エミリーと不滅の詩人たち」「失われし時のかたみ」「ジャンヌの弓」の3編のみそれぞれ異なる女性訳者。残る10編は伊藤典夫氏。どれも読み易くとても良かったです。

以下は、13編の印象を覚え書き。

「特別急行がおくれた日」
不思議な物悲しさがあるものの、読み終わっても謎が残って消化不良でした。

「河を下る旅」
死への旅路が生きる道へと繋がる、地味だけれど素敵な作品。

「エミリーと不滅の詩人たち」
お洒落。しかし、詩人アンドロイド・テニソンの生きている感が少し怖かった。

「神風」
概念的過ぎて半分以上理解できませんでした。

「たんぽぽ娘」
再読して、一層「夏への扉」と似た雰囲気を感じました。

「荒寥の地より」
古き良きアメリカのノスタルジックな雰囲気はあったものの、読み終わったあと、タイトルからまったく内容を思い出せなかった作品。恐らく、この思い出話が現代の主人公に何も影響を及ぼさないから印象が薄いのだと思います。

「主従関係」
ヒロインの態度が鼻についたけれど、基本的に犬が好きなので、綺麗なオチに思わず笑った作品。

「第一次火星ミッション」
ストーリーは分かるが、設定が腑に落ちず。

「失われし時のかたみ」
淡々としていて、少し退屈。

「最後の地球人、愛を求めて彷徨す」
最初から最後まで、男こそ気が触れているんだと思いながら読みました。それで良かったのか、ヤング氏に聞いてみたいところ。

「11世紀エネルギー補給ステーションのロマンス」
最後のオチに、なるほど、とSFでおとぎ話を解釈する面白さを味わえました。

「スターファインダー」
罫線などの記号を使った小説という作り自体にビックリしました。

「ジャンヌの弓」
読み応えがあって面白かったのですが、最後の弓矢に関する意味が分からなかったのが残念。

星新一著「きまぐれロボット」

星新一による、博士達の発明品を巡るSFショートショート集。
個人的には、傑作選と言っても良いと思います。どの話も基本的なパターンは大体一緒なのに、一作ごとが新鮮に感じられるのです。楽しく読めました。
昭和の作品なのに、まったく色褪せず、時代を超えて読めます。

本書は児童向けということもあり、合間に挿絵があるのですが、そのイラストがとても可愛くて素敵でした。

鏡明著「不確定世界の探偵物語」

不得意なSF且つミステリー系ですが、下記の裏表紙あらすじに購入意欲を掻き立てられて読みました。

ただ一人の富豪が所有する、この世に一台きりのタイムマシンが世界を変えてしまった。過去に干渉することで突然、目の前の相手が見知らぬ人間に変わり、見慣れた建物が姿を変えてしまうのだ。おれは私立探偵。だが、常に歴史が変わる──現在が変わりつづけるこの世界で、探偵に何ができるというのだろう。そのおれが、ある日、当の富豪に雇われた。奴は何者?

裏表紙より引用

8つの短編連作構成。
読み進めるほど、タイムマシンによって常時変わる不安定な世界の気味の悪さと、それでも人々の生活が成り立ってしまっている逞しさに感心しました。
はっきり言えば、設定部分が最も評価点で、各話自体はさほど面白くないと思ったのですが、7話の結末と、そこから8話への転落、そしてオチは凄いと思いました。作者自身も、きっとここを書きたかったのではないでしょうか。
しかし、そこに行き着くまでが結構大変な読書ではありました。

主人公ノーマンは、割と三枚目で頼りないのですが、時々凄く格好良かったです。
これが、ハードボイルド小説というものなんでしょうね。