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梨木香歩著「西の魔女が死んだ」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
不登校の中学生まいは、大好きな祖母の家に預けられる。祖母の教えや田舎暮らしでまいの心は次第に解れるものの、ある日、嫌悪感を抱く隣人のことで、祖母と大喧嘩をしてしまう。その直後、まいは両親の下に帰ることになった。2年後、祖母が亡くなり、まいは確執を残したまま別れたことを悔やむが、窓ガラスに残された祖母からのメッセージで、魂は生きていると信じ癒される。

センセーショナルな題名の児童文学。
実は長年、「西の善き魔女」と混同していました。本作もファンタジーではあるけれど、異世界ではなく現代日本が舞台のお話。魔女というのも、自然を利用したシャーマン的な存在でした。

おばあちゃんとの日々は穏やかで美しく、こんな生活をしてみたいと思わされます。示唆に富んだ台詞の数々は、正に思春期の少女の為の物語だと思いました。特に、結末に関わるおばあちゃんの死生観は見事です。
現代社会に対する説教的な側面もあるのですが、非常に穏やかで柔らかい説教ですし、死を扱いつつも、お涙頂戴の展開ではないので、やんわり染み込む読了感があります。

なお、表題作の他に、その後のまいを描いた「渡りの一日」が収録されており、おばあちゃんの教えを守って成長したまいを見ることができます。
良いサービスではあるけれど、「渡りの一日」自体は少々退屈な話で、単品としてはあまり面白くなかったのが残念でした。

K.M.ペイトン著、掛川恭子訳「フランバーズ屋敷の人びと」全5巻

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
《第1部》孤児クリスチナは、遺産を狙う伯父に引き取られ、フランバーズ屋敷で成長する。屋敷には、狩猟を愛する粗暴だが魅力ある兄マークと、飛行士を目指す革新的な弟ウィリアムの二人がいた。
《第2部》クリスチナはウィルと駆け落ちするが、彼の飛行機への情熱は理解できず、墜落の恐怖に苛まされ、愛と苦悩の日々を送る。
《第3部》ウィルは墜落死し、未亡人となったクリスチナはフランバーズ屋敷へ戻り、自らが屋敷を切り盛りしようと奮闘する。やがて、少女時代から彼女を支えてくれた使用人ディックへの愛を自覚し、二人は結ばれる。
《第4部》労働者階級で真面目な夫ディックと、上流階級で享楽的な生き方が身に付いているクリスチナは、次第にすれ違っていく。クリスチナは、戦争で傷付き帰ってきたマークを看病するうちに、彼を愛していることに気付く。

当初は3巻までの三部作として発表され、12年後に4・5巻から成る第四部が執筆されています。
5巻まで一気に読み終えた現在、第三部までと第四部で、感想を分けるべきだったと後悔しています。
1・2巻はクリスチナというキャラクターが生き生きと魅力的で、3巻までは少女の成長物語として受け入れられます。しかし4・5巻は彼女を批判せざるを得ません。
その時々で最善を尽くしたつもりが裏目に出た、という全体の流れはあるのですが、思慮が浅く軽卒とも言えます。また、2人の男性の間で揺れるクリスチナの心情も分かるけれど、農場を始めたらディック、社交界に出たくなったらマーク、とその時々で都合の良い男性に擦り寄っているようにも見えて残念でした。
階級社会を体感する資料としては、第四部にも見所があるかなぁ……。
もっとも、私のこの感想は、尊大なマークが好きになれないという理由も大きいと思います。

ちなみに、一番驚いたのは、第4部のクリスチナがまだ20代前半だったということです。
彼女の思考は、もう中年になっているように感じました。車に乗ってレースに出場してしまうくらい新しいもの好きだけれど、実際は昔ながらのまま変わらないでいて欲しいと思っていて、決して先進的な女性じゃないんですよね。

ということで、読み終えた巻への散々な印象語りから始まってしまいましたが、1・2巻は素晴らしい作品でした。
特に、2巻で描かれるクリスチナの恐怖とウィルに必死で付いて行こうとする愛は、若さと愚かさとが愛おしくなる具合です。戦争が始まり、世の娘たちがみんな自分と同じ(恋人の死を怯えて暮らす)ことになったと安堵するシーンはゾクッとしました。
飛行機黎明時代の昂揚感もあって、外に向かって飛翔して行く勢いもありました。

風景、馬、飛行機の描写は全編通して魅力的で、20世紀初頭の古き英国を感じることができるシリーズでした。

田中芳樹著「ラインの虜囚」

【あらすじ】
1830年、カナダ生まれの少女コリンヌは、パリで祖父の老伯爵から「ライン河にある双角獣の塔に幽閉されている人物の正体を調べよ」と言い渡される。コリンヌと仲間たちは悪党たちの妨害を受けながらも、遂に虜囚の下に辿り着くのだが——

古い翻訳モノの児童文学を読み返しているような時間を過ごせます。
悪く言えば、どこかで読んだような手垢のついた物語なのですが、細部まで丁寧に描かれているので、世界観をしっかり楽しむことができます。
中盤まで「塔の人物は誰か」という謎で引っ張って行くのですが、実はその正体には拍子抜けしました。しかし、最後のどんでん返しこそで相殺されました。

コリンヌと共に旅をする、“女にだらしない3人の仲間たち”が魅力的です。
エピローグでは、彼らのその後が史実として描かれるのですが、コリンヌもそのように描かれていたので驚きました。実在した人物なのでしょうか。参考図書を全部当たって調べろ!ということなのかなぁ。

クリス・ダレーシー「龍のすむ家」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
不思議な陶芸家の家に下宿したデービットは、「物語を書く龍ガズークス」を与えられ、想像の中で龍と一緒に物語を書き始めた。しかし、ハッピーエンドを求めるデービットは、事実を書き写す龍を拒絶してしまう。龍は持ち主から愛されないと死んでしまう。回心したデービットはガズークスを蘇らせ、現実を受け入れ幸福に終わる終章を2人で作る。

Amazon.co.jpで、“「テメレア戦記」を買った人が購入した本”のリストにあった一冊。
正確には外伝である「グラッフェンのぼうけん」を先に読んでから、本編である「龍のすむ家」が存在していることに気付きました。
というわけで、「陶芸の龍たちが生きている」という最大のネタバレを知っている状態から読み進めることになったのでした。
でも、この1冊だけでも龍が生きている設定は読み始めて直ぐ気付きますし、この巻はそれが物語の主軸ではなく、コンカーというリスにまつわる物語がどう展開するか、が焦点でしたね。

お話は、想像していた以上に「児童書」寄りの内容です。
ハラハラドキドキの冒険が繰り広げられるわけでなく、基本的にはファンタジー世界の穏やかな日常を描いている印象。
夢中になって没頭する感じも、会った人々にお奨めして広めたいという気もしなかったけれど、デービットとガズークスが書いた「最後の章(第二稿)」には秘かに感動を受けました。

登場する人間たちはちょっと曲者揃い。特に最重要キャラであるルーシーが、聞き分けの悪い子供の面が強くて苦手です。
でも龍たちはそれを補って余りあるほど魅力的です。
イラストもとても良かったです。

とりあえず、私も創作の相談が出来る龍が一匹欲しくなりました。

M・W・ターナー「盗神伝1 ハミアテスの約束」

【あらすじ】
獄中の盗人ジェンは、ソウニス王から自由と引き換えにあるものを盗み出すよう命じられた。何を盗み出すのかも分からないまま、ジェンは助言者メイガスに連れられて旅立つ。

最初はいつも通りネタバレありで粗筋を書いていたのですが、話をすっきりさせると7割くらい面白さが消失する作品なので、今回はこれから読む方向けに伏せてみました。

中盤まで、主人公はなぜ掴まっていたのかという状況、本当に本人が言う程の腕前を持つ盗人なのかという設定、どこに何を盗みに行くのかという目的も分かりません。各国の状況や神話などが会話の中で少しずつ語られていくので、そこからどんな世界なのかを読み手自身が飲み込んでいく必要があります。
実用文では絶対にやらない、小説ならではの手法ですね。
冒頭は本当に右も左もわからない状況なので読み進めるのに苦労しましたが、奇妙な一行での旅に出た途中くらいから面白くなり、遺跡に挑む以降は惹き込まれて一気に読みました。

ファンタジーと言っても、魔法や魔物、亜人種は登場しません。
神話と神々が大きな影響力を持った存在として登場し、奇跡を起こしたと思われるシーンもありますが、それはギリシア神話的な「神々の気紛れ」で、喜ばしい事ではないと思わせる雰囲気が独特でした。

主人公ジェンは、登場シーンが牢獄の情けない状態ですし、実力を発揮するまでは立場を弁えず大口を叩いているようにも見えるのですが、意外と知的だったり脆いところや情があって、憎めないキャラクターでした。
分かりやすい伏線は大体検討がついたけれど、ジェンの素性だけは最後まで分かりませんでした。目的の為の遠回り具合を考えると、ちょっと腑に落ちなかったところもあります。
が、物語の運びやキャラクターのリアリティなど、大人が読んで面白い児童文学だと思いました。