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ラッセル・ブラッドン著 池央耿訳「ウィンブルドン」(原題「The Finalists」)

【あらすじ】
実力はあるがタイトルに恵まれないキングと、親友の天才ツァラプキンが、ウィンブルドンの決勝で対峙した。だが試合開始直後、観戦中の女王と優勝者を殺すという脅迫状が届く。タイトル獲得のため全力を尽くすキングと、事情を知り、犯人逮捕のため試合を引き延ばそうとするツァラプキンの、白熱した戦いが始まった。

これも復刊もの。面白い!
物語の前半では、境遇の異なる2人が親友になり、ウィンブルドンの決勝へ至る過程を描いています。この部分だけでも、十分面白いのに、実は後半の決勝戦と犯罪計画を描く「舞台造り」でしかない、という贅沢な作品。
決勝戦が始まると、後は事件と試合の行方が気になって一気読みしてしまいました。

スポーツ青春小説であり、サスペンス物であり、ハラハラドキドキするけれど、とても爽やか。
キングとツァラプキンはダブル主人公という雰囲気なので、どちらも応援できます。
結末は知らない方が楽しめると思ったので、今回は結末のネタバレなしにしておきました。

トム・マクナブ著 飯島宏訳「遙かなるセントラルパーク」

【あらすじ】
アメリカ大陸を横断するウルトラマラソン「トランス・アメリカ」が始まった。2000人を超すランナー達が、賞金や名誉を目的に走り出す。3か月に及ぶ大会は、途中様々な問題や妨害を迎えるが、関係者やランナー達の熱意と才覚で乗り越えて行く。

私が読んだのは2014年復刻版ですが、訳者後書きまで含めて、内容は1986年版と変わらない模様です。
訳は特別良くもないけれど、初版年代を考えれば悪くない感じ。序盤、人物の名前が頭に入っていないのに、ファーストネームで書かれたりファミリーネームで書かれたりしている表記の揺れは、地の文に関しては統一されていた方が読みやすかったかな、と思うけれど、これは好みもあると思います。

マラソンするだけではなく、様々な問題が起こって対処したり、後編では大会を維持する資金稼ぎのため途中途中で賭け事が行われ、馬と競争させられたりして、飽きさせません。
それでいて、本筋の「トランス・アメリカ」という芯はまったくブレることがなく、すべての要素が大会の進行に集約されています。

キャラクター達も非常に個性豊かで、こんな仲間と一緒に走りたくなってきます。
主人公格のドク・コールなどは、禿げた中年という外見設定でありながら、困難を乗り越え走り続ける姿勢が格好良い!
ランナー達だけでなく、周囲の人物も魅力的です。特に主催者であるフラナガンは、正に山師という感じで胡散臭い人物なのですが、貧民から巻き上げることはしないチャーミングな男で、次第に応援したくなるという凄い人物造形でした。

最後の方は、残りページ数が少ないのでゴールテープを切る人物はボカして終えてしまうのでないかと心配していましたが、ちゃんとゴールは描かれます。
ランナー達のその後が分かる「追記」という名のエピローグ章も含めて、ノンフィクション作品かと勘違いするほどの、虚構と現実感のマッチング具合に酔って、気持ち良く読了しました。

アマン・マアルーフ著 牟田口義郎訳「サマルカンド年代記 ー『ルバイヤート』秘本を求めてー」

11世紀ペルシャの詩人オマル・ハイヤームの半生と、彼の手稿本が歴史の中に消え行った経緯を語る前半(第一部・第二部)と、その手稿本を目的に中近東へ渡ったアメリカ人ルサージが、イラン立憲革命に巻き込まれ、そして手稿本が本当に失われるまでを描いた後半(第三部・第四部)の二部構成。
正直、中近東の歴史をまったく知らないので、どこまで真実でどこからフィクションなのか混然としているくらい、色々信じてしまいそうな濃さでした。
知識人としては一流でも、物事は成さずに終わるオマル・ハイヤームに対し、暗殺教団の開祖ハサン・サッバーフと、セルジューク朝全盛期の宰相ニザーム=ル=ムルクは、善し悪しはともかく、こういう人物が実在するのかと感心しました。まさに、事実は小説よりも奇なり。

全体的に淡々としていて、訳も少々読み難かったのに最後までページを捲り続けたくなる、不思議な魅力があります。
ただ、手稿本がルサージの手に渡る紆余曲折が、シーリーン王女の好意でしかなく、それまでの盛り上げに対して少し弱いようにも思ったり、結局ハイヤームもルサージもすべてを失う終わりに、虚しいところもありました。

ちなみに、個人的には、四行詩というものの魅力が分かると良いなと思って読み始めたのですが、その辺は全然感じられませんでした。
「ルバイヤート」が「ルバーイ」の複数形ということが勉強になったくらいかな。

M.C.ビートン著 桐谷知未訳「メイフェアの不運な花嫁 英国貴族の結婚騒動」

ジェイン・オースティンが描く英国貴族の世界を、使用人たちの視点から覗き見ているようなラブコメディシリーズの2編収録。
ジャンル的には「ヒストリカル・ロマンス」ですが、このジャンルによくあるエロ小説とは一線を画す、格調高く、でもシニカルな笑いに満ちている、純粋な「お屋敷もの」小説でした。

表題作「メイフェアの不運な花嫁」は、お馬鹿を装っている美女が、孤児院出身かつ文無しの身を隠して名士を掴まえる、計略に満ちた話。
2作目「メイフェア勇敢なシンデレラ」は、溌剌とした少女が好奇心から殺人事件に首を突っ込み、同じ謎を追う放蕩児と意気投合して駆け落ちする話。
若干、展開が急だ、と思うところはあったけれど、どちらも読み応えがありました。
ヒロインは屋敷の借り手なので社交シーズンことに変わり、使用人たちはレギュラーキャラクターという形式です。だから、実際に不運なのは、花嫁候補たちではなく、この屋敷に縛り付けられている使用人たちですね。

物語としても楽しんだけれど、階級社会のあり方や当時の英国の風俗が克明に描かれているので、大変勉強になりました。

ボーモン夫人著 鈴木豊訳「美女と野獣」

15編のフランス童話集。教育者であったボーモン夫人の作品だけあって、どれも子供に読ませるのに最適の教訓が含まれた、道徳的なお話ですけれど、面白味もあって、優れた図書だと思いました。
収録作の中では「美女と野獣」と「三つの願い」が有名だと思いますが、原典はこういう話なんだな、と勉強になりました。例えば、美女と野獣の商人の家には、ベルと姉2人だけでなく兄3人がいて、意地悪な姉2人は石像になってしまうなんて、本書を読むまで知りませんでした。

基本的に愚かな者は報いを受けるのですが、「美しい娘と醜い娘」(原題“Bellotte et Lalderonette”)は少し違う展開で面白かったです。
美人だがオバカな姉ベロネットは王妃になるも、あっという間に王の寵愛を失って離縁されてしまう。醜い妹レードゥロネットは年上の大臣と結婚するが、非常に聡明なので夫からも王からも大事にされる。——と、ここまではよくある童話なのですが、このあとベロネットはレードゥロネットの助言を受けて勉強し、賢さで王の愛を再び手に入れるという逆転物語なのです。
一度間違っても、やり直しがきく優しさがあって、素敵なお話だと思いました。

カバー装画(東逸子)も素敵ですが、本文中の挿絵は、19世紀初頭の版で使われていた石版画ということで、お伽噺の雰囲気を盛り上げてくれます。
ただ、訳に若干引っ掛かって、浸りきれなかったのが残念です。