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五十音順キャラクター・ショートショート【え】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 英国一のセールスマン、王太子デイヴィッド愛用のお墨付きを頂いた商品は、どんな高額商品も引く手あまた。人気の余り、一週間のうちに値が倍につり上がることも少なくない。
「殿下、今度は国産ワインの売上に貢献されましたね」
 マイクスイッチを切ったガイ・バージェスはそう揶揄したが、表情では親しみを込めて笑っていた。
 デイヴィッドはまた、ラジオ番組のやり取りの中で最近お気に入りの品に触れたのだ。明日の朝から、市場は大いに賑わうだろう。この件を依頼していた友人も、十分懐を潤わせて満足するはずだ。
「私はなんでも売るのが仕事だからな」
「なんでも?」
 相槌のような然り気無さで、ガイが念を押してくる。
 デイヴィッドはそれに気付かないふりをしながら、鷹揚に頷いた。
「そう、なんでも」
 ワインでも、スーツでも、自動車でも――祖国でも。
 最後のひとつを口に出して言ったことはない。だがデイヴィッドはいつもこの商品を手の中に隠して、人々が付ける値を確認していた。
 猛禽の眼を隠して笑う目の前の色男も、この国に数多く潜む仲買人の一人である。無論、その事実をお互いに確認したことはなかったが。
 デイヴィッドはなんでも売るが、安売りしたことはない。だから、つり上げてつり上げて、この国を買おうとするすべての者をきりきり舞いさせてやる。そしていつか誰の手も届かない価格になったとき――この男が現すだろう本性を指差して笑ってやるのだ。
 そう、デイヴィッドは英国一偏屈で意地の悪いセールスマンだった。

英国一のセールスマン
……エドワード・アルバート・クリスチャン・ジョージ・ アンドルー・パトリック・デイヴィッド・ウィンザー(舞台「エドワード8世 −王冠を賭けた恋−」)


書き上げた後に、役名としてはエドワードでなくデイヴィッドだったことに気付いて、どうしようかと思いました。ファーストネームはエドワードなので、許容範囲ということでご了承下さい。
あと、あくまで舞台上の設定から膨らませて書いておりますので、史実との整合性は求めないでください。
……ということで、お願いしてばかりの後書きになってしまいました。

TOHOシネマズ渋谷にて、「霧矢大夢ラストデイ」中継に参加。
これは、東京宝塚劇場で上演する月組「エドワード八世/Misty Station」千秋楽、およびサヨナラショーを生中継したライブビューイングです。

涙もあったけれど、最後はからっと明るい、笑顔が弾けるサヨナラでした。
カーテンコールがなかなか止まず、13:30から公演が始まって終わったのは18:30過ぎ。
中継は「タカラヅカスペシャル」以来ですが、あの時よりもアップが多い印象で、もう少し全体の動きが観たいなぁとストレスが溜まりました。もっとも、観客は生舞台を1度見ている方がほとんどだと思いますので、普通は問題ないのでしょう。
映像は販売DVDより美麗な気がします。芝居中、広場で別れを告げるウォリスの瞳から涙が流れたのがくっきり観えました。
後は、音が前方から大音量で放たれるため、劇場の客席から舞台へ向けられている拍手のシャワーを、まるで私が浴びているような、不思議な感覚が残りました。

土日の公演チケットが取れなかったため、この千秋楽中継が初観劇です。
劇評を見聞きして臨みましたので、芝居はスムーズに入り込めましたが、ウォリスの別れと退位の間で時間軸が飛ぶのが惜しいように思いました。ソ連側の画策が劇中で見えなかったのも、話を広げただけで終わった感。
とは言え、大野先生らしいウィットある会話劇で笑いも涙もあり、イギリス紳士・霧矢とアメリカ女性・蒼乃という描き方が、2人のキャラクターに合っていて、素敵な退団公演でした。
ショーは、アニメを流す演出や「魂のルフラン」など、オタクとしてはなんだか座りが悪くて思わず笑うしかない箇所が印象に残っていますが、霧矢・蒼乃コンビによるシーンが極めて少ない不満を除けば、キャッチーな主題歌は好きだし、色々盛り沢山で面白いショーでした。
なにより、両作品がお互いの作品を巧く組み込みあっていたため、芝居とショーで演出家同士が好き勝手してるいつもの2本立てに比べると、1つの舞台として調和がとれていて良かったと思います。

サヨナラショーは、霧矢氏の響き渡る歌声を浴びる至福の時でした。
トップ時代の曲で纏めるのかと思いきや、伝説の新人公演「ノバボサノバ」から「シナーマン」が聞けたのは、本当に嬉しい驚きでした。
ただ、サヨナラショーの場合、知らない公演の曲だと集中力が落ちるものですね。もっと月組公演を観ておくべきだったと思いました。
経歴紹介が長くて、もう少し簡潔にして欲しいと思いました。越乃リュウ組長が持参した原稿の分厚さに、覚悟はしていたのですが、ちょっと長過ぎます。きっと、組長は生真面目過ぎて端折って喋るなんてできない人なのでしょうね……。でも、せめて背景で流れるダイジェスト映像が終わったら、退団者からのメッセージに移るくらいの纏め方を期待したいです。

以下、書き残しておきたいキャストについてだけ。
ヨーク公アルバート(ジョージ6世)@一色瑠加が、美味しい役を上手に消化。2番手役にしておけば退団公演らしい引き継ぎ演出になったのに、と思うけれど、彼の芸暦の最後に相応しい役だったので文句はありません。
その他の退団者では、青樹泉が透明なスターオーラを放っていて、終始格好良かったです。沢希理寿の歌の心地好さは、本当に惜しいと思いました。
チャーチル@一樹千尋は、さすがの巧さ。ただ、ショーにも出演されているとは思わぬ誤算で、「デイドリーム」の歌にはちょっと仰け反りました。ご免なさい。

――そいつは誰だ!
愛しい少女が微笑みかけたのを見て、ロミオは思わず立ちすくんだ。
彼女が向けるその微笑みは、唯一人ロミオに与えられるもの。秘した愛の証、他の何物にも及ばぬ宝。
けれど、今少女が向かい合っているのは、彼と同じ顔をした別の男だった。


月組公演「ロミオとジュリエット」
http://kageki.hankyu.co.jp/rj2012/
ポスターにも使われているこの特設サイト画像を見て、ロミオ(影)がジュリエットを略奪し、ロミオ(オリジナル)を追い詰めるお話を想像しました。
※この公演はロミオ役がダブルキャスト。手前のロミオ(龍真咲)と後ろでジュリエットを抱き締めているロミオ(明日海りお)は別人です。

純愛話なのに、ロミオが2人とジュリエットが1人というバランスは奇怪しいですよね。この写真は、その奇怪しさが何処にあるのかを明らかにしてくれたと思います。
どうしても役替わりするなら、私としてはロミオとジュリエットの役替わりが良かったです。そうしたら、何度も転生し、性別を変えて巡り会っても2人は愛し合い死んでしまう、という妄想でSSを書いたと思います。

いまさらな月組公演「バラの国の王子」SS。


男は振り返り、山の彼方を想う。愛しく懐かしい、彼の祖国を。
今でも鮮明に思い出せる、白い王宮、整列した兵士たち、生い茂る森、活気ある街並み……
けれど彼の記憶の国に、薔薇は咲かない。
いまや国中に溢れ、人々と共に在ると言うその花を、彼は知らなかった。


劇後、王様が国に戻ることはないだろうと思います。彼なりのケジメと言うより、誇りが許さないのでは。
でも、祖国を憎むこともないだろう印象があります。いつか追い出された理由を本人なりに理解して、幼かった自分を苦笑いしながら懐かしむのかな、と思います。
薔薇を知らない王様は、薔薇が咲き乱れる祖国を想像できないけれど、実は大人になった彼の家では、名もなき花として薔薇が普通に咲いていたら良いと思います。


時折、彼女は王座に座る愛しい人を見て、彼のことを思い出す。誰も口にしなくなった、先代の王を。
執務中の鋭い眼差し、引き結ばれた唇、優雅なステップ、冠を被る仕草……
愛しい人と彼は、少し似ている。
そう、少しだけ、似ている。


主人公と敵役が血縁だと言う設定が、まったく物語に反映されなかったのが残念でした。
霧矢と龍の顔立ちは似てないですが、貴人を演じるときの硬質な雰囲気は少し似ている気がします。
そんな似たところのある兄は、周囲に「いつか帰ってきたら、温かく迎えてやろう」などと言いながら、弟は帰ってこないと確信していそう。
そしてベルだけが、そんな野獣を知っている。
そんなイメージがあります。

 手掛かりを失い、ショーヴランは怒りに歯軋りしながら広間の着飾った貴族たちを見回した。
 若い男たちは馬鹿揃いで、動物を模した滑稽極まりない衣装に前時代的な帽子という出で立ちを誇っている。女たちは高慢な気取り屋で、噎せ返りそうな香りを振りまいている。
 その群の中心に目当ての人物が見え隠れしている。ショーヴランは、気が狂いそうな色と香りの洪水の中へ飛び込むと、必死に声を上げた。
「殿下、お願いが――」
 スカーレットピンパーネルに繋がる糸一本すら掴まぬまま帰国するわけにいかない。せめて、英国内の渡仏船を監視させる約定でも結ばねば、無能者と呼ばれる恥辱が待っている。
 だが、その声に気付いたのは別の男だった。振り返った顔に、ショーヴランは思わず舌打ちした。
「よし、みんな、全権大使殿も仲間に入れて差し上げよう!」
 男の恍けた声は、驚く程よく通った。その大声のまま、袖を引き耳打ちしてくる。
「殿下のご機嫌を取るにはゲームのお相手が一番だよ、シトワイヤン」
 私の番を譲って差し上げよう、と恩着せがましく語る伊達男の手を振り払い、けれど、そこに目当て――英国皇太子の輝く瞳を発見した。
「おお、パーシーの代わりにシトワイヤンが参加するのかね」
 反応は悪くない。
 更に、思ってもみない援護射撃が加えられた。
「如何です殿下。シトワイヤンが勝利されたらそのお願いとやらを聞いてあげるのは」
 道化の放言が内容も聞かず快諾されるに至り、ショーヴランは内心で歓声をあげた。
 そうとなれば、スカーレットピンパーネル一味の捕縛に留まらず、革命政府を公的に支持する条約でも獲得してやる。彼の功績は比類なくなり、あのいけ好かないベルギーの工作員も彼の実力を思い知るだろう。
 チェスか、カードか、遊戯など久しく触れてなかったが、覚えはある。貴族のお遊びに負けるつもりはない。
 そして、皇太子殿下は高らかに宣告した。
「では“落ちたら負けゲーム”をしよう!」
「――は?」


昨年の月組公演「スカーレットピンパーネル」観劇時に考えていたネタです。
宝塚ファンでないと通じない役者ネタオチであるため思い付きのまま放置していましたが、皇太子殿下を演じた桐生園加の退団にあたって「禊」として仕上げてみました。
次回月組観劇時に、もういないことを実感するんでしょうね……。

「小説文」を久し振りに書き、仕事で書く「実用文」の定石を大幅に外している事に改めて気付きました。
もともと私の作品は、展開でアッと言わせるものではなく、雰囲気を楽しんで頂く面が強いので、分かり易さは無視している時があります。今回は、独り善がりになり過ぎないよう、実用文との違いを意識して書いてみましたが、読み手の皆さんにとっては変化なかったでしょうか?