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スティーヴンソン著 村上博基訳「ジーキル博士とハイド氏」

【あらすじ】
弁護士アタスンは、友人との会話で凶暴な男ハイドの存在を知る。それは、アタスンの友人である高潔な紳士・ジーキル博士の相続人の名であった。アタスンが男の調査を始めたある晩、ハイドは殺人を犯し、失踪する。その後突如として博士が人前に姿を現さなくなり、使用人に応える声も別人のようになる。アスタンが博士の部屋に押し込むと、自殺したハイドの遺体のみが残されていた——

初めて読みました。
と言っても、人間の二面性や二重人格のことを慣用句的に「ジキルとハイド」と言ったりもする有名なタイトルなので、ジーキル博士とハイド氏が同一人物であることは最初から分かっていましたが、後半の手紙から伝わってくる自分の理性が失せる恐ろしさは、真相を知っていても迫ってくるものがありました。

私は、ミステリーやホラーというジャンルが不得意で避けてきました。本作も怪奇小説だと思いますが、人物や街並の丁寧な描写から、薄闇に包まれた19世紀のロンドンを覗くような、ドキドキする体験ができて面白かったです。
短編といっても良いくらい短い作品だったので、サラリと読めたのも良かったのでしょう。

訳は、全体的には原典通りのようですが、若干悩まされる箇所がありました。例えば、ジーキル博士とラニヨン博士をどちらも「医師」とだけ示すことがありましたが、その直前に両者の名前があった時は、どちらのことを指しているのか悩まされました。

モーム著 土屋政雄訳「月と六ペンス」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
チャールズ・ストリックランドは、突然妻と子供を捨てパリへ出奔した。才能のない画家として貧乏暮らしをした末、タヒチまで流れて死んだ。後に天才画家と評されるようになった彼の足跡と作品について、作家である「私」が見聞きした限りの事実を書き残す。

小説ではなくルポルタージュだったのか、と誤解するくらい「人間」が描かれている作品。
ストリックランドの絵が観たくなります。中盤にあるストリックランドの絵に関する断片的な情報を繋ぎ合わせて、なんとなくゴーギャンの絵をイメージしたのですが、実際、株式仲買人から画家への転身という設定はゴーギャンをモデルにしているようですね。

しかし、面白かったかと問われると、なんとも不明瞭で悩ましい作品でした。
語り手である「私」が、ストリックランドを追いながら、まったく彼のことが分からないままである、というストーリーテーリングには脱帽しました。

なお、訳は過不足なく、皮肉っぽい台詞もちゃんと読み取れる良訳だと思いました。

ロダーリ著 関口英子訳「猫とともに去りぬ」

タイトルを目にした時点では、「高慢と偏見」に対する「高慢と偏見とゾンビ」のように、「風とともに去りぬ」のパロディ長編なのかと思っていたのですが、実際はファンタジックな短編集でした。
全16編。

著者ジャンニ・ロダーリは、国際アンデルセン賞も受賞している児童文学作家ですが、本書は全体的にシュールすぎて、子供に読ませたいとは思いません。どちらかと言うと大人向けな気がします。
表題作にして最初に収録されている「猫とともに去りぬ」は、比較的柔らかいオチを迎えるのですが、それ以降の作品は私が不得意な「皮肉が効いたユーモア」なので、反応に悩みました。さすが、イタリア人作家……。なにかの比喩だとか考えずに、そのまま読んでシュールさを楽しむべきなのか、もう少し頭を働かせた方が良いのか、理解するには難し過ぎました。でも、ファンタジックな出来事を断定的に描く表現は面白いし、発想力には脱帽します。

「ピアノ・ビルと消えたかかし」で、最後にシューベルトのアヴェ・マリアを弾くことを拒む理由が分からなかったので、どなたか教えてください。単にバッハに傾倒しているから?

酒井順子著「トイレは小説より奇なり」

ベストセラー「負け犬の遠吠え」の著者によるエッセイ。
著者の狙い通り、下品だけれど、下劣ではないという線を突いています。とはいえ、全体的にシモの話という時点で、読み手のタイミングや心理状態によってはやはり辟易します。
また、エッセイは時代感が強く出るので、今現在読むには、本書が発行された時期と当時の世論を踏まえて読む必要があると思いました。

O・ヘンリー著 芹澤恵訳「1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編」

「賢者の贈り物」「最後の一葉」等、ザックリした粗筋は知っていましたが、実際に読んで、なるほどこういうお話だったのかと色々驚かされました。
星新一作品が好きなので、同じようにどんでん返しが効いていて、少しホロリとさせる短編集ということで、全作品とも面白かったです。
描写は少しクドいところもありましたが、これは翻訳の問題ではなく、原書がそうなのだろうと思われます。

テリー・ケイ著 兼武進訳「白い犬とワルツを」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
妻に先立たれた老人サムは、老人扱いする娘たちの世話焼きに苛立ちを感じつつ、どこからともなく現れた不思議な白い犬を友として余生を送る。そうして多くの友人を見送ったサムは、今度は子供たちに見守られ死ぬ。

死と愛を描いた物語。
ミステリアスなところと共に、「古き良き」と冠するような時代のアメリカの田舎感があります。

冒頭の、妻が死んで家族が集まり、子供たちが自分のことを相談しているの分かっていて眠ったフリをしているサムの描写時点では、凄く素敵な雰囲気だと思ったのですが……
残念ながら、その後の展開にまったく惹かれませんでした。
特に、不思議な白い犬が一体なにを象徴しているのか、ということが伝わって来ず、本作のテーマが汲み取れないまま終わってしまったのが残念です。
もう少し大人になって、自分の家族を持ち、死を身近に感じてから評価すべき作品かと思われます。

率直にいうと、主人公サムは、耄碌しているように見えます。
世界の終末が1979年3月10日に来るという牧師に、3月11日の日付で小切手を送ろうと書いたり、本質的にはウィットに富んで面白い人物なのですが、そういった人格面と、老人として我執に囚われることは同時に存在しうると思うのです。
世代的な理由もあって、私は介護する娘たちの方に共感しました。そのため、白い犬のことで幻覚を見ているかのような嘘をついて娘を揶揄う下りなどは、非常に腹立たしかったです。
そういう感想になってしまうあたり、私はまだまだ人間的に成長できていないのでしょうね。