• 2011年04月30日登録記事

岳宏一郎「群雲、賤ヶ岳へ」

【あらすじ】
信長に恭順の意を示すため美濃へ赴いた黒田官兵衛は秀吉と出逢い、彼と共に天下穫りに乗り出す。しかし親友荒木村重が信長へ反旗を翻し、官兵衛は牢に幽閉されてしまう。艱難の中、官兵衛は功利以外の何かを感じるが、天下への野心を捨てることはなく、乱世を生き抜いていく。

タイトルから「賤ヶ岳の戦い」を扱った小説だと思い込んでいましたが、読んでみると官兵衛の半生を追った話だったので驚きました。
後で知りましたが、出版社を変える度にタイトルが変わっているそうで、元は「乱世が好き」、講談社文庫で「軍師 官兵衛」、そしてこの光文社文庫で「群雲、賤ヶ岳へ」と改題されていったそうです。
個人的には、講談社の題が一番妥当かと思います。光文社は自社の「群雲、関ヶ原へ」の読者層を取り込もうとしたのでしょうが、視座を次々に変えることで多角的に関ヶ原を描いた「関ヶ原へ」と、官兵衛に固定した「賤ヶ岳」では同じ作風を期待した読者にはマイナス評価の原因になります。
内容自体は面白かったです。
ちなみに、タイトルに反して一番の盛り上がりは有岡城の戦いだったと思います。この小説の官兵衛にとっては村重とその妻たしの存在が何より大きく、秀吉の天下取りの件は物語の展開の軸ではあっても、テーマではなかったように受け取りました。
後半は「関ヶ原」と重複してるのが少し気になりました。同じ時代を扱った歴史小説ではエピソードの重複があるのが当然ですが、文章表現のほとんどが同じだと、さすがに。もっとも、これは「関ヶ原」を読んだ直後だからでしょうか。

この作者の描く、人を見抜くずば抜けた力と、自分が他人からどう思われているかは全く見えず、出任せでその場を乗り切り、知恵を顕示するあまり余計なことまで言ってしまう官兵衛像は、決して善いキャラではないけれど、微笑ましい気がしました。
後は、秀吉の器量に感心しました。このくらい人誑しだと、本当に天下を穫りそうです。