• 2013年登録記事

五十音順キャラクター・ショートショート【し】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 汐留駅を出た二人は、首を竦めて薄いコートの襟に顔を隠した。
「なんだって非番の日まで、埋め立て地に来なきゃならんのか」
 殺風景でつまらないし、冬の海は寒い。
 口の中で不満を呟いていると、半歩前を先導する野明が唇を尖らせたのが見えた。
「どこでも良いって言ったの、遊馬じゃん」
「へいへい」
 当たり籤を理由に奢ると言い出したのも、店を任せたのも彼自身だ。もちろん覚えている。
 投げやりな返事になったのは、真っ当なやりかたでデートに誘えない自分への呆れゆえだった。
「このあいだ進士さんが奥さんと行ったお店、すっごくお洒落で美味しかったって聞いたんだ」
 黙りこんでいると、野明は時折振り返りながら、目的の店を説明し始めた。
 気を使わせてるな、と思ったが、聞き手の気楽さも手放しがたく、遊馬は相槌を打つのに専念した。
 本音を言えば、カップヌードルで良いから今すぐ温かいものを腹に入れたい気分だったので、野明が語る創作フレンチなる品にはまったく惹かれなかったし、その珍妙な料理を食べている自分たちの姿を思い描くことも出来なかったけれど。
「あ、ここだ――っけど……」
 弾む声が急に力を失う。
 遊馬は、その原因をじっくり見詰めてから口を開けた。
「お前、定休日くらい調べてから人を誘えよ」
 これは正当な要求だ、と思う。だが――
「ごめん」
 存外素直な謝罪が返ってきたことで、突然罪悪感が沸き上がった。フレンチなんて似合わないものを選ぶから、と続ける筈だった言葉を飲み込む。
「ま、こうしててもしょうがないし、新橋まで戻って飲もうぜ」
 行き当たりばったりなフォワードを上手く導くのがバックアップの仕事だ。
 熱いおでんでも突つきながら、野明の好きな日本酒を一杯。
 もう遊馬の脳裏には、その図がはっきりと浮かんでいた。

新橋あたりがお似合いです
……篠原遊馬(漫画「機動警察パトレイバー」)


遊馬は面倒くさい男。
勿論、野明は折角の非番デートだから、敢えていつもと違う店を選んだのですが……伝わることはないでしょう。

凄く好きな漫画ですが、二次創作を書くのは初めてなので、口調などがキャラクターらしくなっているか、少し不安です。
なお、アニメ版にはあまり詳しくありません。

五十音順キャラクター・ショートショート【さ】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 寒い日の曲、暑い日の曲、楽しい時間の曲、仕事の時間の曲――。
 彼は曲を奏で続ける。
 演奏を止めるのは、主人の眠っている間だけだ。物心ついた頃からこうしているものだから、最近は眠りながらでも弾いていられる気がした。まだ、試したことはないけれど。
 主人の生活をその時々に相応しい曲で彩るのが、彼と彼の一族の役目だった。例えば、朝の目覚めには爽やかな四重奏、微睡む時には優しい子守唄、急ぐ道程にはアレグロの行進曲、恋を告げる時にはメロディアスで想いを高める曲が必要だ。
 勿論、あらゆる者の人生が自分の音楽で彩られているわけでない。これは人生の主人公であることを許された人々の特権で、つまり演奏している彼自身の人生に音楽が寄り添うことはない。
 そういうものだ。
 街中は誰かの音楽で溢れていて、それゆえ耳を傾ける者はない。
 そういうものだ。
 どれほど心を込め、あらゆる技巧を凝らしても、数ある楽士の一人が注目されることはない。
 そういうものなのだ。
 すべてを飲み込みながら、彼はただひとつの背景として曲を奏で続けた。

サウンドスケープ 〜音のある光景〜
……サルゴン・レイ(オリジナル小説「天駆ける騎士の奇想曲」)


違う人物で2本ほど書いていたのですが、巧くまとまらなくて、遂にAKCキャラが登場です。
サルゴンの過去話、演奏耐久レースの模様です。

よく、ドラマ等を観ていると、良いタイミングで盛り上がる音楽が入りますよね。あれは、画面に映らないだけで、後ろに付いて回っている楽団が弾いているんですよ(笑)。

2012年4月1日エイプリルフール限定公開したベアルファレスサイトより、そろそろ時効と言うことで収録。
第5節天界MISSION「光を産みし者」前イベントです。


「悲しそうな顔をすれば許されるのか?」
 途端、少年たちは押し黙った。
 疑問の体をとってみたが、それが事実であることをディアスは知っていた。
 どんな悪意や無能によって引き起こされた行いであれ、悔恨の表情さえあれば追求の矛先が鈍り、仕舞いには許してしまうのが人だ。
 ゆえに、真に正しい選択肢を選ぶためには、冷淡であらねばならない。
 他人にも、自分にも。


合理主義を貫くなら、適当な付き合いで腕の立つ仲間を確保する方法もあったはず。
そうしないディアスは潔癖なのかも?と思っての作品。

内館牧子著「十二単衣を着た悪魔」

【あらすじ(最後までのネタバレあり)】
ある日突然「源氏物語」の世界にトリップしたフリーターの雷は、偶然持っていた源氏物語の粗筋本を使い、未来を予測する陰陽師「雷鳴」として弘徽殿女御に仕える。次第に弘徽殿女御とその息子に肩入れし、彼らの為に働く雷だったが、再び不思議な現象で現代に戻ってしまう。あの世界に戻りたいと願いつつ叶わない雷は、やがて源氏物語の研究者となる目標を持ち、勉強を始める。

平安物と見せ掛けて、中身は完全に現代物でした。
トリップ物は素人小説で大量に読んでいることもあり、商業小説で読むのは不思議な気がしました。設定は粗いし展開はご都合的。現代の若者や文明社会への批判的な描写はクドく、主人公が使う若者言葉も気恥ずかしい。
源氏物語の粗筋を追うために、やたら出来事が詰め込まれているのも気になるところ。
でも、全体としては面白かったです。
源氏物語を、ごく普通の人たちのゴシップ的なお話にまとめている軽い視点が、この作品の良い所ですね。現代的解釈の源氏物語として、楽しめました。

作者の偏愛が入っているだけあって、弘徽殿女御は格好良いです。息子の一宮も良いキャラクター。但し、他の人物のことは結構悪し様に語られているので、好きな方には辛いかも知れません。