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ナオミ・ノヴィク「テメレア戦記1 気高き王家の翼」

【あらすじ】
19世紀初頭、当時、空戦にはドラゴンが用いられていた。
英国海軍は拿捕した仏船から竜の卵を手に入れる。海上で孵った竜の子テメレアは艦長ローレンスを乗り手として選んだ。ローレンスは空軍への予期せぬ転属に戸惑いながらも、テメレアと交流を深めていく。

ドラゴンと人間が共存するif世界を描いた、ドラゴン好きの為の1冊。
ドラゴンと乗り手たちが空軍を構成していると言うファンタジーが、19世紀の実際の戦いに巧くリンクされています。ローレンスが語る海戦の話にネルソン提督の名が出てきたので、個人的にはそこで一気にテンションが上がりました。
史実踏襲で進むので、トラファルガー海戦で仏軍と決着がつくかと思いきや、最後に激しい空戦が待ち受けている構成で、最後まで物語に惹き付けられました。ドラゴンと乗組員たちの集団戦は、迫力の描写に手に汗を握ります。

また、ドラゴン含むキャラクターたちが非常に良い味を出しています。良い人ばかりではないけれど、この独自の世界の中で地に足をつけて生きていると感じられるので、不快感はありませんでした。
特に、獣でもペットでもない、人間よりも優秀な種でありながら人を愛する勇敢で賢い仲間としてのドラゴンたちはどのキャラも魅力的でした。
個人的に欲を言えば、ローレンスがもう少しテメレアのせいで空軍に移籍することの葛藤を引き摺っても良かったと思うのですが、テメレアがあまりに愛らしいので、直ぐ軟化してしまうのも宜なるかな。

巻末に付けられた博物図鑑風のドラゴン論文もいい味を出していて、非常に練った上で、作者が楽しんで書いている作品なのだろうなと感じられます。
続刊も読んでいきたいと思います。

ジェイン・オースティン作品を初読み。

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
ベネット家の次女エリザベスは、高慢な大地主ダーシーからプロポーズを受け、これを強かに拒絶する。しかしダーシーへの悪感情は彼女の偏見で、彼が実は誠実な紳士だったと分かる。また、ダーシーもエリザベスの拒絶から自身の高慢に気付き、態度を改め成長する。やがてダーシーが再びプロポーズすると、エリザベスは喜んでそれを受けた。

題名から階級差別等のお堅い話かと想像していたので、途中で恋愛小説だと分かった瞬間は殴られたような衝撃を受けました。
でもお話が面白くなったのもその辺からで、先が気になり結構良いスピードで読み切ってしまいました。特に上巻の最後から下巻への「引き」は凄いですね。原文はそのような構成になっていないと思いますが、これは文庫で読んだ時に実に巧い構成でした。
正直、下巻の途中までは、ダーシー氏が再プロポーズしても、エリザベスは家族を恥じて再び断ることになるのでは、と思っていたのですが、幸せな結末を迎えてホッとしました。

筋は単純で、出来過ぎた偶然も多いお話なのですが、このお話で重要なのは人間描写なのでしょう。登場人物の誰一人として完璧な人間はおらず、主人公エリザベス自身も、偏見と言う色眼鏡で相手を見ているため読み手に伝わる作中の人物像に影響しているのでないか、と考えるのも面白いです。
ただ、個人的にベネット夫人やコリンズ牧師は「喜劇的人物」と評されているけれど、他人への迷惑を顧みないので、見ていて愉快な気分にはなれない人物でした。
ベネット氏も、エリザベスとは仲が良いけれど、結局自分勝手な親な気がします。社会的にあまり感心されていない人物であり、特定の娘からは慕われてる、と言う点からマックス公爵とエリザベートの関係に似ていると思いましたが、如何でしょう。

尚、上記に表紙を掲載したちくま文庫で読みましたが、ある程度軽く読み易い訳で、オススメでした。

シャーンドル・マーライ「灼熱」

【あらすじ】
閑居する老貴族・ヘンリクの元へ、逐電していた親友コンラードが41年ぶりに戻ってきた。ヘンリクは亡妻とコンラードと自分の間で起きた「事実」を語り、友が知る筈の「真実」を問う。

このお話に関しては、粗筋はまったく意味がありません。
老ヘンリクが蝋燭の下で語る話がこのお話のすべてであり、まるで一人芝居を見ているような感じ。
41年前の出来事に対する答えは一切与えられず、ヘンリクが推察したように読者もひたすら推察するしかないのですね。

先日の「バルザックと小さな中国のお針子」同様、翻訳小説であることが全く気にならないのは訳者の功績ですね。
表現や言葉はとても考えさせられるものがあり、これが「文学の香り」なのか、と感じる上品な雰囲気があります。ページを捲ると、直ぐ石造りの古い城館の中に誘われていく素敵な浮遊感がありました。
麻生が一番衝撃を受けたのは、下記の台詞です。

友に裏切られたからといってその友の性格や弱点を非難することが許されるだろうか?
相手をその人徳や誠実さゆえに愛する、そんな友情にいったい何の価値がある?
相手の誠実さをあてにする、そんな愛にいったいなんの価値がある?
不誠実な友も、誠実で犠牲を払ってくれる友と同じように受け入れるのが我々の務めではないのか?

「灼熱」第13章より引用

普通、自分が嫌なことをされたら、それが友人であっても不快は覚えるし、度重なれば友情にも亀裂が入ると思うのですが……こんな究極的な友情って、有り得るんだろうかと思いました。ヘンリクの語る友情は、ある意味家族愛に近いものなのかも。

文化大革命時代の中国を舞台にした青春小説「バルザックと小さな中国のお針子」。

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
1970年代初頭、「僕」と親友の羅は、反革命分子と見なされ山奥で再教育を受けることになった。そこで仕立屋の娘・小裁縫に恋をした二人は、禁書であるバルザックの小説を彼女に読み聞かせ啓蒙しようとする。やがて文学に感化された小裁縫は、村と二人を置いて都会へ出て行ってしまった。

中国人がフランス語で書き、それを日本語に訳した小説ですが、殆ど気になりません。一気に読んでしまいました。

文化大革命時代の作者の体験を基にしたお話だそうですが、不思議と軽妙な印象で、読み易いし面白かったです。
非常に悲惨な環境の話なのに、二人にはどこかユーモアがあり、人間ってどんな環境でも逞しく生きるものなんだな、と感じます。
特に、「僕」と親友・羅の二人が禁書を手に入れた辺りから素晴らしい躍動感があり、切望していた文学の世界が目の前に開けた二人の気持ちがこちらに伝わるようでした。

最後まで読み終えた時、まったく予想していなかった結末だったのですが、同時にこの奇妙な題名通りのお話だった!と感心しました。そのため、この感想から読もうと思われた方のために、今回はあらすじは隠しました。

「誰がために鐘は鳴る」下巻も読みました。

上巻よりも物語に動きがあるので、読み易かったです。文章自体にも、上巻の時のように引っ掛かる印象がありませんでしたが、単に読み慣れたのか、それとも訳が良くなってたのか、どちらでしょうか。
下巻になってから、ロバートが任務を受けた段階で死を覚悟していたことが分かり、少しホッとしました。その時から「何を考えているのか分からない」度が薄れ、お話自体にも入り込めた気がします。
全体に、スペイン内戦の情勢が分かっていた方が面白いのでしょうね。その辺りはまったくと言って良いほど知識がないので、あまり語られていない部分は想像で補うしかないのが難しかったです。

パブロはちょっと面白い役ですね。難しいし、匙加減を間違えると悪役になるけれど、人間的だと思います。
やはり恋愛よりも、極限状態での集団を描いた作品としての価値の方が高いのではないでしょうか。

最後、死ぬところの明確な描写はないんですね。
「武器よさらば」同様、一人孤独な終わりなのに、虚しさだけがあった「武器よさらば」よりも、ある種の充足感があったように思います。