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オルツィ著 村岡花子訳「べにはこべ」

→中田耕治訳での感想は、2010年6月23日記事参照

1954年に三笠書房から刊行された村岡花子訳版の「スカーレットピンパーネル」が、今年文庫化されたもの。底本は1967年刊行の三笠書房版。
河出文庫は既に中田耕治訳の「紅はこべ」を刊行しているのに、わざわざ発行したのは、NHKの連続テレビ小説「花子とアン」での需要を見越してかな。
表紙イラスト(田尻真弓)も可愛いし、読み比べてみようと思って読んでみた……のですが、訳による大きな印象の変化はありませんでした。原書は読んでいないけれど、村岡訳・中田訳共にオルツィの文章を忠実に訳してるのではないでしょうか。
でも村岡訳の方がもっと古いのに、その古さを感じない、分かりやすい文章であることには驚きました。
また、主人公であるマーガリートの女性心理の動き等は、村岡訳の方がすっと入ってくるかも知れません。なぜ愚鈍な金持ちと欧州一の才女が結婚したのか、等と言われつつも、パーシィへの愛は最初からマーガリートの中にあったのだということが飲み込めました。

機会があれば、原書に挑戦したいですね。

モーリス・ルブラン著 平岡敦訳「怪盗紳士ルパン」

→「ルパン、最後の恋」の感想は、2013年4月24日記事参照

意識していませんでしたが、「最後の恋」と同じ方の訳でした。
洒脱で読みやすくて良かったです。

第一作「アルセーヌ・ルパンの逮捕」他9編を収録。
「アンベール夫人の金庫」はオチがよく分からなかったのですが、他は、ルパンの神出鬼没、変幻自在にしてフランス人らしい手の込んだ洒落っ気を楽しめました。
これらを読むと、「最後の恋」が推敲途中の原稿だと評されるのも当然だと感じました。完成度がまったく違います。
一番の傑作はやはり「アルセーヌ・ルパンの逮捕」だと思うけれど、牢屋に入っているのに華麗な盗みを働く「獄中のアルセーヌ・ルパン」や、ルブランと知り合う事件を描いた「ハートの7」等、それぞれ面白かったです。
最後の一編は「遅かりしシャーロック・ホームズ」。ホームズをしれっと登場させ、両雄を立てた上で、今後の二人の対決も期待させる内容になっています。

リチャード・バック著 五木寛之訳「かもめのジョナサン 完成版」

「かもめのジョナサン」に、第4章が追加されたもの。
→旧版の感想は、2009年8月13日記事参照

4章によって、作品の印象が大きく変わると銘打たれていたのですが、個人的にはなにも変わりませんでした。
その理由は、私が本作をジョナサン=キリストとして聖人を描いた寓話だと思っていたためだと思います。その後の世界がジョナサンや弟子達の思った通りにはならず、彼らの偶像化が進み、それでも純粋な精神の高みを目指そうとする者が別に現れるという繰り返しであることは、現実の宗教の在り方を見ていればその通りだと思うからです。

ということで、宗教と政治の話はしないことにしている私としては、非常に感想を書き難い作品なのでした。

アレクサンドル・デュマ著 榊原晃三訳「王妃マルゴ」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
国王の妹マルゴは、融和政策のため新教派のナヴァール王アンリに嫁ぐが、婚姻のため集まった新教派が虐殺される。マルゴは妻の義務としてアンリを数々の暗殺計画から助けるが、代償に愛人を失う。

一見華やかなフランス宮廷に蠢く、不倫と毒と陰謀の劇。
親兄弟でも平然と敵対し探り合うのが凄まじいですね。それでも、マルゴは愛してはいないナヴァール王アンリを、妻としてはちゃんと補佐するのが不思議です。自分自身の野心を満たすため、というほどの地位に対する執着も感じなかったし、貞淑なわけでもないし、不思議なキャラクターです。

序盤は状況も分からない内に大量の人物が登場するので混乱しましたが、ナヴァール王アンリが遅い来る危機を、強運と協力者と観察眼をもって脱出していくお話なのだと認識できてからは面白かったです。
ただ、アンリが友人も恋人も失って逃げていくところで終わるため、ちょっと締まらない気がしましたが、敢えてそこまで書いておいて王位を手に入れるところは描かないところに、デュマの描こうとした何かがあるのでしょうが……
それを読み解こうとするには、率直に言って、翻訳が不出来だと思いました。
新訳が出ているなら、読み直したいですね。それとも、映画の方が分かりやすいでしょうか。

シャルル九世は情緒不安定で、上巻では何がしたいのか気持ちが見えず薄気味悪い存在でしたが、アンリに命を助けられてからは協力者寄りの立場に立ってくれますし、アンリを狙った毒で一人死んでいく終盤は哀れなものでした。弟のアンジュー公アンリは国王の座を争う相手ですが、母親がお膳立てしているせいか、あまり印象に残りません。あれこれと策略を巡らせるアランソンの方が、小悪党ながら印象的でした。

スタンダール著 大岡昇平訳「パルムの僧院」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
大貴族デル・ドンゴ家の次男ファブリスは、叔母の愛人である総理大臣モスカ伯爵の権勢により、大僧正への道を進む。しかし軽率なファブリスは殺人を犯し、政敵によって監獄に入れられた挙げ句、監獄の司令官の娘クレリアと恋に落ちてしまう。叔母の懇願で嫌々脱獄したファブリスだったが、大公の代替わりに伴いパルムへ戻り、侯爵夫人となったクレリアを手に入れるべく画策する。遂にクレリアと愛を交わすも、不義の息子をも手に入れようとしたことで二人を喪い、僧院へ隠遁する。

やっと読み終わりました。
名訳と絶賛されていますが、個人的には、かなり読み難かったです。スタンダールの文章自体が合わないのかもしれないし、個人的には、意訳して良いから分かりやすく読ませて欲しいと思うので、こういう規範的な翻訳は苦手です。
でも投げ出さずに頑張って読み進めたのだから、なにか面白いところがあったのでしょう。
上巻のお話は、ほとんど舞台設定と登場人物の紹介に費やされていて、今回書いたあらすじは、ほとんど下巻の内容です。
下巻に入ってファブリスが牢獄に入ると、恋の行方がどうなるか気になって、読む速度がスピードアップしました。

主人公であるファブリスが、困難は経ても成長しないので、この若造より、40歳を越えてなお盛んなサンセヴェリーナ公爵夫人(ジーナ)やモスカ伯爵の行動の方が面白く感じました。
特に、モスカ伯爵は可愛いですね。サンセヴェリーナ公爵夫人に本気で惚れ込んでいて、政治的には辣腕と言われているけれど、根はいいひとだと感じます。報われて良かったです。

なお、スタンダールは、かなり昔に「赤と黒」を読んでいます。今作も聖職者になる青年が主人公でしたが、意外と明るい雰囲気なのは、作中でスタンダールが何度も書いている通り、イタリア人だからでしょうか。
そういった国民差は面白いなと思いました。