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早見和真著「小説王」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
かつて作家志望だった編集者俊太郎は、デビュー作以来低迷している元同級生の作家豊隆と組んで連載の企画を立てたが、肝心の文芸誌が連載開始前に廃刊してしまった。俊太郎は、ネット連載や著名人の推薦で話題を作り、周囲の人を巻き込んで出版・重版へ漕ぎ着けた。本を出すまでの苦労と低迷する出版業界の中で、俊太郎は物語の力を信じ、誰かに必要とされる小説を作り続ける気持ちを新たにする。

俊太郎視点でエンターテイメント性の強いあらすじにしてみました。豊隆視点だと、父との確執や家族観といった、文芸作品向きのあらすじになるのでないか、と思います。

暑苦しい表紙の通りの、ストレートなパワーを感じる物語です。全編から「もっと熱くなれよ!」というエールを感じました。
小説を愛読して、多少物を書くことを志した(あるいは現在進行形の)人間ならば心が動かされる熱いドラマだと思います。この熱さに一歩退いてしまうと、読み難い本だと思いますが……。
執筆の意欲を掻き立て連載プロットを書き出す前半部は、文句なしに面白かったです。後半、連載の場がなくなってからのトラブルは、少々都合が良く、障害を乗り越える感が薄かったのが残念でした。そう言いつつ、先の展開が気になって一気読みしたのですけれどね。編集者・作家、それぞれのお仕事小説として読めるのも面白かったです。

キャラクターたちも、人気の出そうな個性があります。
出版界の話を動かしているのは男共ですが、その妻たちが、男性作家にしては珍しい図々しさを兼ね備えていて目を引きました。晴子など、作家の妻として都合のいい存在で登場したのかと思いきや、自分の主張を巧く通すようになっていくので嬉しかったです。豊隆が「女が描けていない」と評されて腐っているのは、「俺は女が描ける」という作家の自負の裏返しかな。
また、俊太郎も豊隆も本質は「父と子」の話だという点が、効いていたと思います。

柚木麻子著「本屋さんのダイアナ」

【あらすじ】
母子家庭で育った大穴(ダイアナ)は、小学校三年生の春、お嬢さん育ちの同級生・彩子と、本好きの共通項から友だちになる。ケバケバしい自宅を嫌い、彩子の良家の生活に憧れるダイアナに対し、質実剛健な家庭の窮屈さから、自由奔放に見えるダイアナの生活に憧れる彩子。しかし進学の中で二人はすれ違い、長い仲違いをしてしまうーー

思春期以降の女性が経験するであろう様々な困難、コンプレックス、性への恐れや、女として生きることをどう受け入れるかを描いた「大人女性のための赤毛のアン」。ヒリヒリするような人間関係と容赦ない挫折を味わっていくので、辛い局面もありました。
しかし、最後は「自分を縛る呪いは、自分自身にしか解けない」というテーマに集約され、ホッとする終わり。
立場の違うダイアナと彩子のダブルヒロイン構成も良かったです。幼少期、思春期、大人へと変わっていく心情が細かに書かれています。二人の視点は「あと少しこのエピソードを」と感じる良いところで切り替わるので、どんどん先を読んでしまいました。

ただ、読書中は夢中で読んだのですが、「ヤリサー」の件で気分が悪かったのと、肝心のダイアナの両親を肯定することができず、私には合いませんでした。
母親(ティアラ)は、実態は善良且つ賢い人として描かれています。しかしどんな理由があれ、娘に「大穴」と付ける判断は酷いと思います。また、自分の母親を悲しませたのも事実です。
父親は、人間的に嫌い。こういう人物と話しているとイライラするので、なるべく関わりたくないです。

ヒロインたちが本好きゆえ、数多く名作の話が登場するのは楽しかったです。特に、彩子から「危険な関係」の話が出たときは、驚くと同時に嬉しくなりました。彩子の大学生活は、まさに「危険な関係」のセシルやトゥールベル夫人を思わせます。サガンの「悲しみよこんにちは」も、仏文学だから敬遠していたのですが、読んでみようかなと思わされました。

浅田次郎著「一路」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
江戸から田名部郡へ帰参した小野寺一路は、急死した父の代わりに参勤交代の差配を負う供頭を勤めることになった。役目の一切を知らぬ一路は、家伝の行軍録を基に、古式に則った参勤交代を決行する。道中、自然の険しさ、殿様の風邪、謀叛の企みなど、様々な艱難に見舞われつつも、一行は江戸へ辿り着き、一路は今後も己の領分で「一所懸命」働くことを誓う。

面白かった!
田名部から江戸まで駆ける行軍の速度に釣られて、上下巻を一気に読んでしまいました。

なんだかんだと巧く運びすぎな部分はありますが、苦労話が主ではないので、私は構わないと思います。
参勤交代(それも、古式ゆかしき行軍式)の描写という縦軸だけでも十分面白いところに、うつけと思われている殿様への謀叛がどうなるのか、という横軸があり、先へ惹き付けられます。
登場人物も総じて魅力的です。
物語を語る視点は、一路と殿様が中心ですが、話が進むに連れ、かなり細かく視点が切り替わります。それぞれの人物の内面が見えて、なかなか考えさせられます。また、馬や鯉の視点まであるのですが、これがなんとも可笑しみがありました。

同じく参勤交代をテーマとした「超高速!参勤交代」(2014年6月15日記事参照)を思い出す箇所もありましたが、方向性が違うのでそれぞれ楽しめました。
「超高速」が「虚」を排除できるだけ排除して「実」を取る作品だったのに対し、「一路」が「虚」をすべてこなして、虚の中にある「実」を見出すところに、武士の美学を感じました。

アントニー・マン著 玉木亨訳「フランクを始末するには」

奇妙な味わいの短編12編。

会話はウィットが効いていて、サクッと読みやすいけれど、激しく癖のある作品揃い。
ブラックジョークというべきなのでしょうか。煙に巻かれるようなお話はあるし、各主人公を筆頭とする登場人物も、私には合わない感じでした。
とはいえ、つまらないわけでもなく、表題作などは意外な展開で面白かったです。
一番面白かったのは、チェス王者を目指す若者が、強くなる為に父親を憎むよう指示され、それに従う「エディプス・コンプレックスの変種」かな。
犯罪や損傷を仄めかすような内容も多く、「ビリーとカッターとキャデラック」は、だいたい想像していた通りのオチでしたが、それでもゾッとしました。

地味に良いと思った点は、扉にオリジナルタイトル(英語)も記載されていることです。翻訳物の短編は、すべてこの処置をしてくれても良いと思います。……といっても、スワヒリ語だとかだったら読めないので不要ですが。

藤野恵美著「初恋料理教室」

様々理由で料理教室に通う、四人の男性の中編集。
表紙の若い女性が料理教室の先生か、通っている生徒か、と思いながら読み始めたら、先生は六十を超えているというご婦人だし、生徒は全員男なので、「エッ!?」と思いました(笑)。
愛子先生の若い頃のイメージなのでしょうが、残念ながら、個性豊かな生徒たちに比べると先生は存在感が薄かったです。料理教室を開いているバックボーンもまったく気にならなかったから、終章で明かされる過去にも感銘は受けず、読了後の締まりが今ひとつでした。

とはいえ作品自体は、教室で作られる料理と同じく「丁寧な仕事」という印象を抱きました。
料理の描写が細かいのは当然だとしても、料理のコツが随所に書き込まれていて、なんだか真面目に料理をしたくなってきます。巻末にレシピが載っているのも嬉しいところ。
料理以外の事象も、建築家の真渕の視点だと建物の描写が多いなど、キャラクターごとに注視点が違うように感じました。
また、舞台設定も活きていて、食材、言葉、土地、人々の考えかたから京都を感じられました。

一冊でキチンと完結はしているけれど、若干、想像の余地を残した作りなので、続編も書けそうな雰囲気。少し期待します。