• 2010年03月20日登録記事

藤本ひとみ著「ハプスブルグの宝剣」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
ユダヤ青年エリヤーフーは、ドイツ語訳律法を作った事でユダヤ社会から排斥される。更に恋人を巡る決闘で貴族を殺してしまい、私刑で片目を失う。
エドゥアルトと改名した彼は、オーストリア帝国で地位を確立しようと働き、「ハプスブルクの宝剣」と謳われる。やがて、マリア・テレジアが女王として即位。エドゥアルトの献策が度々帝国を窮地から救うも、彼がユダヤ人と知ったテレーゼは、敬虔なクリスチャンである為に彼を憎悪し、冷遇する。改宗したことでユダヤ社会からも裏切り者と罵られ、居場所のないエドゥアルトは、オーストリア人として認められようと奮闘するが、ある時家族と再会し、ユダヤを捨てられない自分に気付く。
どの国にも属せない事を知ったエドゥアルトは、シオンでユダヤの国を作る道を見出すが、彼を仇と狙う夫人の凶弾に倒れる。

なるべく簡潔な粗筋にしたら、フランツの存在が消えました……!
それでも350文字あります。
ユダヤ離反を招いた自分のドイツ語律法が、巡り巡ってユダヤに還る切っ掛けになる下りとか、フリードリヒの事も要素なので盛り込みたかったですが断念。
やはり長編の粗筋は、巻ごとに書きたいですね。
でも枝葉を削ぎ落としたことで、核は恋愛面ではなくエリヤーフーの居所を求める生き様であることがハッキリしました。

読み始めたら、エリヤーフー(エドゥアルト)の行く末が気になって、最後まで一気に読んでしまいました。藤本ひとみ先生は初読ですが、キャラクター心理が鮮やかで、コンビとかグループの造り方に惹き付けられました。
しかし、上巻を読み終わった段階では、立身出世モノと言う印象で普通に面白かったのですが、下巻は何ともやりきれないお話でした。
エリヤーフー自身は魂の帰るべき場所を取り戻して救いを得たでしょうけれど、読者的に救いがないので、読み直しは辛いなと思いました。解説では、エリヤーフーが生還したと考えているようだけれど、私はそう受け取れなかったので。

凄いなと思ったのは、マリア・テレジアの描き方。
ユダヤ人への嫌悪・差別が激しく利己的で、人間的な魅力を感じられませんでした。その代わり、女性心理としては凄く「有り得そう」と思えて感心しました。革新的で心優しいアーデルハイトは理想的なヒロインだけれど、ファンタジー的な存在であるのと対比的に感じます。
エリヤーフーの出生に関しては、そう言えば拾われ子だった、と思い出しましたが、あの設定の顛末はテレーゼの身勝手さが強調されただけのような。カロリーナ夫人への皮肉もあるんでしょうけれど、エリヤーフーの立場で読んでいると、今更どうでも良い話だ、と思えてその事が面白かったです。

ハプスブルクの先例・権威主義で自分の献策を無駄にされるエドゥアルトの姿に、銀英伝で門閥貴族側で戦っていたメルカッツ提督の苦労を想像しました。
宝塚版は観ていないけれど、エドゥアルト、フランツ、テレーゼの持ち味やビジュアルは合ってるのではないかな、と当て嵌めて頭の中でイメージ化することが出来ました。