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宙組公演「シャングリラ」ED後


 あの旅の記録を物語にしたい。
 ――と思い付いたのは今日のことでない。渇き苦しんだ日々、一杯の水を巡って争った人々、そして払われた犠牲を後の世にも伝えることが、ルイの「水を守る」行為だった。
 作品はできている。出版の目処も立っている。あとは彼の同意を得るだけだ。
「断る」
 世捨て人の返答にルイは慌てた。
「ミウや子供たちに迷惑をかけたくない」
 どうして迷惑になるというのだろう。水を人々に解放した見知らぬ英雄に、誰もが感謝しているのに。
 しかし、彼は静かにルイの物忘れを指摘した。
「怨んでいる奴もいる。シャングリラの王を」
 そうだった。
 彼は解放者である、だがその抑圧された世界の主でもあった。
 突き詰めれば彼の行動は水を守り平和を得るためだったけれど、結果として多くの人々が死に、世界を渇した。
「報いを受けるのは当然だ。だが、俺のせいでミウや子供たちが傷付けられるかも知れない」
 ルイはその可能性を否定できなかった。
 無論、もう充分過ぎるほど彼は償った。けれど人の痛みや哀しみは理屈で片付けられるものでなく、時として陰惨な形で爆発する。
 彼が愛する人は、ルイの愛する人でもある。何事にも真っ向から立ち向かう彼女を愛おしく思うからこそ、降り掛かる危険を避けてやりたいと思う。
 だが、書き上げた物語をこのまま葬ることもルイにはできない。物語の作り手となるのは長年の夢だ。どんな物語でも良いわけではない。自身が一生をかけて語り継いでいきたいと思う一編があれば、それで良かった。
 それがこの本である。
 諦められない。
 ルイは持参した原稿に手を置くと、彼に提案した。


……こうして空は海に、海は空に名前を入れ替えたのだとしたら、さて我々が観た芝居の空は、空自身であったのでしょうか。

涙だって水源の村に住んでいたのだから、襲撃の夜に家族を失ったのだと思いますが、そういう重さがなくて、普通に弟分の顔で空や美雨のところに顔を出すんだろうなぁと思わされます。
そんな彼の軽さが、好きです。

いまさらな月組公演「バラの国の王子」SS。


男は振り返り、山の彼方を想う。愛しく懐かしい、彼の祖国を。
今でも鮮明に思い出せる、白い王宮、整列した兵士たち、生い茂る森、活気ある街並み……
けれど彼の記憶の国に、薔薇は咲かない。
いまや国中に溢れ、人々と共に在ると言うその花を、彼は知らなかった。


劇後、王様が国に戻ることはないだろうと思います。彼なりのケジメと言うより、誇りが許さないのでは。
でも、祖国を憎むこともないだろう印象があります。いつか追い出された理由を本人なりに理解して、幼かった自分を苦笑いしながら懐かしむのかな、と思います。
薔薇を知らない王様は、薔薇が咲き乱れる祖国を想像できないけれど、実は大人になった彼の家では、名もなき花として薔薇が普通に咲いていたら良いと思います。


時折、彼女は王座に座る愛しい人を見て、彼のことを思い出す。誰も口にしなくなった、先代の王を。
執務中の鋭い眼差し、引き結ばれた唇、優雅なステップ、冠を被る仕草……
愛しい人と彼は、少し似ている。
そう、少しだけ、似ている。


主人公と敵役が血縁だと言う設定が、まったく物語に反映されなかったのが残念でした。
霧矢と龍の顔立ちは似てないですが、貴人を演じるときの硬質な雰囲気は少し似ている気がします。
そんな似たところのある兄は、周囲に「いつか帰ってきたら、温かく迎えてやろう」などと言いながら、弟は帰ってこないと確信していそう。
そしてベルだけが、そんな野獣を知っている。
そんなイメージがあります。

 手掛かりを失い、ショーヴランは怒りに歯軋りしながら広間の着飾った貴族たちを見回した。
 若い男たちは馬鹿揃いで、動物を模した滑稽極まりない衣装に前時代的な帽子という出で立ちを誇っている。女たちは高慢な気取り屋で、噎せ返りそうな香りを振りまいている。
 その群の中心に目当ての人物が見え隠れしている。ショーヴランは、気が狂いそうな色と香りの洪水の中へ飛び込むと、必死に声を上げた。
「殿下、お願いが――」
 スカーレットピンパーネルに繋がる糸一本すら掴まぬまま帰国するわけにいかない。せめて、英国内の渡仏船を監視させる約定でも結ばねば、無能者と呼ばれる恥辱が待っている。
 だが、その声に気付いたのは別の男だった。振り返った顔に、ショーヴランは思わず舌打ちした。
「よし、みんな、全権大使殿も仲間に入れて差し上げよう!」
 男の恍けた声は、驚く程よく通った。その大声のまま、袖を引き耳打ちしてくる。
「殿下のご機嫌を取るにはゲームのお相手が一番だよ、シトワイヤン」
 私の番を譲って差し上げよう、と恩着せがましく語る伊達男の手を振り払い、けれど、そこに目当て――英国皇太子の輝く瞳を発見した。
「おお、パーシーの代わりにシトワイヤンが参加するのかね」
 反応は悪くない。
 更に、思ってもみない援護射撃が加えられた。
「如何です殿下。シトワイヤンが勝利されたらそのお願いとやらを聞いてあげるのは」
 道化の放言が内容も聞かず快諾されるに至り、ショーヴランは内心で歓声をあげた。
 そうとなれば、スカーレットピンパーネル一味の捕縛に留まらず、革命政府を公的に支持する条約でも獲得してやる。彼の功績は比類なくなり、あのいけ好かないベルギーの工作員も彼の実力を思い知るだろう。
 チェスか、カードか、遊戯など久しく触れてなかったが、覚えはある。貴族のお遊びに負けるつもりはない。
 そして、皇太子殿下は高らかに宣告した。
「では“落ちたら負けゲーム”をしよう!」
「――は?」


昨年の月組公演「スカーレットピンパーネル」観劇時に考えていたネタです。
宝塚ファンでないと通じない役者ネタオチであるため思い付きのまま放置していましたが、皇太子殿下を演じた桐生園加の退団にあたって「禊」として仕上げてみました。
次回月組観劇時に、もういないことを実感するんでしょうね……。

「小説文」を久し振りに書き、仕事で書く「実用文」の定石を大幅に外している事に改めて気付きました。
もともと私の作品は、展開でアッと言わせるものではなく、雰囲気を楽しんで頂く面が強いので、分かり易さは無視している時があります。今回は、独り善がりになり過ぎないよう、実用文との違いを意識して書いてみましたが、読み手の皆さんにとっては変化なかったでしょうか?

 深夜のカジノで、回転盤にボールを投げ込む音が響いた。
 軽快な音を立てて走ったボールが、やがて勢いを失いポケットへ吸い込まれていく。エミールは見えざる客にボールの落ちた数字を告げた。
 無論、プレイマットの上には一枚のチップも張られていない。だが視線を向けたそこに赤のチップが置かれているような気がして、エミールは瞼を閉じた。
 あんな惨めなゲームは初めてだった。
 何度投げても、あの客が張った数字にばかりボールは落ちていった。まるで負ける為に投げているような恐怖がエミールを襲い、誰でも良いから代わってくれと叫び出すところだった。
 その時、不意に扉が開く音がして、エミールは顔を上げた。
「まだ着替えてなかったのか」
 扉から顔を覗かせたのはサッシャだった。間もなく夜間外出禁止時間だと言うのに、エミールが出てくるのを待っていたらしい。無論、エミールはその理由を知っていた。同じ店で働く仲間と言うだけでない、もう一つの顔を彼等は共有している。
「ああ……いや、もう帰る」
 だが、エミールは緩く首を振った。こんな日は、する事を変えても碌な事にならない。水でも浴びて寝てしまうほかない。
 蝶ネクタイを緩めて息を吐き出す。それだけの動作が億劫で、顔を顰めた。
「おい、本気か? 冗談だろ?」
 眼差しの奥に常以上に強い光を見つけ、エミールは戸惑った。今夜の集会は、他の地域で活動する同志との情報交換でも、予定されていただろうか。
「そうか、お前表に来てないから知らないのか」
 なにを納得したのか、サッシャは二度頷くと、誰もいないカジノを見渡してから、大股でエミールに近付く。そして囁くように小さく、けれど軽快な音で彼は告げた。
「ヴィクター・ラズロが来てる!」
 職業柄表情が変わり難いエミールも、さすがに瞠目しサッシャを見た。
「集会に来られるのか? 見張りがついてるだろう」
 ナチスの収容所脱出に成功した英雄の周囲には、崇拝者の数だけ監視の眼も付いているはずだ。


以前(2010年1月20日記事「深夜のカジノにて」)書き掛け途中のままにしていた宙組公演「カサブランカ」SSの続き。タイトルは変更しました。
この後オーナー登場ですが、会話や展開の細かいところが決まっていないので、いつ出来上がるやら……。

 耳元に口を寄せ、餓えた心の亀裂を広げる毒を流す。
「仇を取る機会、逃すなよ」
 今や兄は大空を飛ぶ黄金の隼に魅せられるあまり、足元の危険に気付いていない。もし断崖から落ちたとしても、天を仰いだままでは、突き落とした相手を認識しないだろう。
 ――隼を打ち落とす必要があった。
 耳打ちした相手は、昏い視線でリュシアンを一瞥すると、慇懃に応えた。
「……言われるまでもないことです」
 男がその上着の内に隠し持つ狙撃銃は、隼狩りだけを目的に磨き続けたものである。標的を見付ければ、必ず仕留めるだろう。
 だが、飼い主――兄が暗殺を指示しないことを、リュシアンは知っていた。
 忠犬か、狂犬か、男が試される時が来る。
 その時リュシアンも、兄の弟か、一人の男か、世に試されるだろう。


宙組公演「トラファルガー」東京追加演出シーン、「オーレリーに耳打ちするリュシアン」より。

10場だけの印象で語ると、「ネルソンが負傷」と知って和平を申し出るナポレオンは、純粋にネルソン不在の英国と戦う意義を感じなかっただけで、それが罠になったのは結果論なのでは、と感じます。
そのあと悪役風の演出があるので、全体の印象は悩まされますが……
少なくとも、オーレリーに暗殺は命じる気は全くなかったように見えます。

リュシアンは、兄がネルソンに気を取られていた方が簒奪し易いと分かっているけれど、それでは意味がないと思っている。
野心家だけど、ブラザーコンプレックス。そんな勝手なイメージです。