田中芳樹編訳「岳飛伝」全五巻(講談社文庫版)
史伝「説岳全伝」を田中芳樹が編訳したもの。北方謙三の同名小説ではありません。
文体が非常に独特で、講談師が中国物を語っているような調子で綴られています。
水滸伝のように、英雄・豪傑が数多く登場し、単純明快、豪放磊落な一騎当千の戦いを繰り広げます。ただし、その戦いの中には権力闘争も含まれており、こちらには奸臣が数多く登場し、裏切りや嘘が蔓延する陰気が漂っています。
岳飛は中国で最も人気のある歴史上の人物だそうで、確かにスーパーヒーローではあります。しかし、正直に言えば「面倒臭い男」だと思いました。本人が忠義の為に死ぬのは自由だけれど、無駄な忠義心のために家族や麾下の忠臣を死なせてしまうのは、如何なものでしょう。
好漢同士は出逢って直ぐ兄弟・姉妹の契りを結び、縁があればあっという間に結婚するので、人間関係の情感はあまり感じません。
でも、結婚に関する下記の突っ込みは面白かったです。
英雄好漢にとって、縁談とはつねに降ってわくものらしい。
(講談社文庫「岳飛伝」三巻より)
戦いでは火牛の計や双頭の蛇らしき陣形が登場し、戦記小説の元ネタはこの辺かな、と引き出しが増えました。
4巻以降は突然妖術が登場し、史劇からエンターテイメントになった印象。この不思議な変換は、原典の書かれた時代の移り変わりによるものらしいですね。妖術合戦になると戦術の意味がなくなって退屈だと思ったのですが、西雲小妹との戦いは面白かったです。
全編通して、表紙&挿絵の伊藤勢氏のイラストが素敵でした。