• 2010年06月14日登録記事

6年近く前から温めていたユアンさま過去ネタ。
その間に、ファンダム、ラタトスクが発売され、過去ネタも未来ネタも多いに公式と乖離してしまいました。


【逃亡】
 冷えた土の感触で目が覚めた。
 重い瞼を持ち上げると、闇の中で仄暗い月が揺れていた。
 記憶を取り戻すのに時間は必要なかった。
「……莫迦どもめ」
 嗤った拍子に、頭部が痛み眩暈がして吐き気が込み上げてくる。爽快さとは程遠い。だが、ユアンは衝動に任せ笑い声さえ上げてみせた。それを抑制するものはなにもない。数時間前まで彼を拘束していた魔科学研究所は、今や高い塀のあちら側にある。
 彼は自由だった。
 魔科学研究所と言う名の檻に閉じ込められた彼等、思考する家畜は、マナを人間でも使える兵器に転用する仕事に従事させられる。だが辛い仕事に反し、与えられる食事は一日一回、ほとんど中身のない水粥だけだ。皆、飢えていた。ユアンと共に捕まえられた同族の内、半数が研究への従事を拒否して殺され、残りの半数は栄養失調のため動けなくなり、殺された。
 ユアンが無謀な脱走に乗ったのは、若者らしい短絡さで、どちらにせよ死ぬならば人間共の鼻を明かしてやろうと決意したからだ。成功すると信じていたわけではない。だから塀の頂上で兵士に見付かった時は、これですべてが終わりだと覚悟した──はずだった。
 雷銃に撃たれ、塀から落下した彼を兵士は死んだと勘違いしたのだ。
 なんと言う愚かさ! そしてその愚かさに救われた己の、なんと幸運で惨めなことか。
 水を含んだ土が指先に触れる。天の涙雨か、地に伏した同族の血の池か、定かでない。
 ──宙は遠い。あの彼方に魂の故郷があるのだろうか。最早永久に思考する事がない同族たちの、還るべき星が。
 祈る言葉を持たぬ彼は、ただ口を噤み、その場から立ち去った。


皆さまTOSプレイから数年経ってお忘れかもしれませんが、ユアンさまには雷の耐性がありますよ!(そんなオチ)

荻原規子著「薄紅天女」

勾玉三部作の内「空色勾玉」「白鳥異伝」は恐らく小・中学生時代に読んだと思うのですが、どういうわけか機会を失して以来、この「薄紅天女」を読む気力が失せていました。最初の数行だけ読んで、合わないような気がしたんですよね。
今回改めて読み始めたら、どうして読まなかったのか分からないくらいするする読み切ってしまいました。
一部はちょっと物語の動きが悪いようにも思いますが、二部に入ってからは止めどころがありませんでした。

ところどころ喪失の予感を漂わせていましたが、シリーズ完結に相応しい大団円で安心しました。
いや、勝総の死は酷い理不尽だし、結末後のアテルイの最後なども憤然たる気持ちになるのですが、物語全体が、そういった事象のすべてに諦観の念を持っているようにも思え、怒るとか哀しいと言うことを持続させられませんでした。
武蔵の国に辿り着けなかった青年と娘の子供が、愛する人を国に連れて帰ったと言う小さなハッピーエンドを心地よく受け取れば良いのかなと。
苑上が、思い悩むところはあっても自分で決断を下す少女で、荻原規子先生作品らしい、好きになれるヒロインでした。