• 2010年07月21日登録記事

 耳元に口を寄せ、餓えた心の亀裂を広げる毒を流す。
「仇を取る機会、逃すなよ」
 今や兄は大空を飛ぶ黄金の隼に魅せられるあまり、足元の危険に気付いていない。もし断崖から落ちたとしても、天を仰いだままでは、突き落とした相手を認識しないだろう。
 ――隼を打ち落とす必要があった。
 耳打ちした相手は、昏い視線でリュシアンを一瞥すると、慇懃に応えた。
「……言われるまでもないことです」
 男がその上着の内に隠し持つ狙撃銃は、隼狩りだけを目的に磨き続けたものである。標的を見付ければ、必ず仕留めるだろう。
 だが、飼い主――兄が暗殺を指示しないことを、リュシアンは知っていた。
 忠犬か、狂犬か、男が試される時が来る。
 その時リュシアンも、兄の弟か、一人の男か、世に試されるだろう。


宙組公演「トラファルガー」東京追加演出シーン、「オーレリーに耳打ちするリュシアン」より。

10場だけの印象で語ると、「ネルソンが負傷」と知って和平を申し出るナポレオンは、純粋にネルソン不在の英国と戦う意義を感じなかっただけで、それが罠になったのは結果論なのでは、と感じます。
そのあと悪役風の演出があるので、全体の印象は悩まされますが……
少なくとも、オーレリーに暗殺は命じる気は全くなかったように見えます。

リュシアンは、兄がネルソンに気を取られていた方が簒奪し易いと分かっているけれど、それでは意味がないと思っている。
野心家だけど、ブラザーコンプレックス。そんな勝手なイメージです。