• 2013年08月29日登録記事

夢枕獏著「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」全4巻

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
遣唐使として唐に辿り着いた空海と橘逸勢は、皇帝を呪詛する妖物騒動に巻き込まれる。空海は呪詛が安禄山の乱における楊貴妃の死に由来すると喝破し、過去の因縁を明らかにして唐王朝の危機を救う。

主人公・空海のみならず、歴史上の人物が何人も登場し、楊貴妃にまつわる謎を、オカルトを交えつつ解き明かして行く伝奇小説。
猟奇描写や、ときおり混ざる漢文が不安要素でしたが、非常にスムーズに読めました。
色々な謎がすべてある一点で集約されるのに、物語を書き始めた時点では、先の展開が決まっていなかったという作者あとがきに驚かされます。

謎が一番高まるのは2巻で、3巻まで読むと大体の筋は見えて来ます。明かされるまで分からなかったのは、大猴の正体だけでした。4巻は半ばで怪異との決着が着き、後は密教伝授や帰国に関する下りとなるため、最後はややトーンダウン気味かもしれません。
しかし、最後は晴れ上がった空を思わせる気持ちの良い締め括りなので、最終的には面白かったな、と感じさせられました。

空海と橘逸勢は、ホームズとワトソンのようなコンビ。逸勢が共感できる良いキャラでした。
特に気に入ったのが、序盤にある下記のやりとりです。

「正直に言えよ、空海。正直に言って俺を安心させろ」
「何を正直に言えばよいのだ」
「おまえが、自分のことを、特別だと思っているということをだ。自分は、他人とは違うと、おまえは思っているはずだ」
「ははあ」
「よいか、空海、この逸勢でさえ、自分は他人とは違うと思うているのだぞ。おまえのような人間が、そう思うてないわけがないではないか。おれが、自分のことを特別な人間と思うているのに、ぬしのような男が、自分のことを特別だとも何とも思うておらぬというのであれば、おれは困ってしまうではないか——」

1巻より引用

空海の天才性を際立たせる為、巻を追うごとにヘタレキャラに書かれていたのが残念です。

最後に、些細な事ですが……
作中、重要な小道具として2つの手紙が登場します。この手紙については、普通、同じ現場にいた人物宛の手紙で当時の状況や人物を詳しく説明したり、見聞きしたことを物語風に仕立てて書いたりはしないだろう、と突っ込みたくなりました。