引金を引く瞬間、リックは死を覚悟した。
轟いた銃声は二発。どちらが早いと比べることに意味はない、避けようがない距離だ。
それで構わなかった。
愛する女を、そしてその夫とを、この狂った世界から飛び立たせるために、いま彼は引かねばならなかったのだから。
ただ、一つだけ叶うならば、たとえ地に伏せる事になろうとも、最期の瞬間まで決して眼は閉じまい。彼らを乗せた銀翼が飛び立つのを見るために。
砂漠から吹く強い風が、地上に立ちこめていた霧を西に追いやっていく。
予想した衝撃は訪れなかった。
ただ一つ、真っ直ぐリックに向けられた銃口が、ぐらりと傾ぐ。続いて長身が揺れ、重力に従って倒れ伏した。
リックはかつて戦場でそうであったように、一人立ち尽くした。
──神を身近に感じたことはない。今、超常の術をもって弾丸の一方を吹き飛ばしたのも、神ではない。あの日、鈍色の空から降りてきた嘆きの天使の仕業だ。
だから、これからも生きて行ける。
そう確信しながら、リックは銀色の翼を見送った。
2幕17場より。
撃たれた瞬間にリックの前に両手を広げたイルザの幻影が被さるような、少女漫画風のイメージで書いてみました。
映画でも際どいタイミングと思ったけれど、舞台では完全にシュトラッサーが振り返ってから撃ち合っている印象を受けます。しかもかなり至近距離なので、リックが死なない方が不思議。シュトラッサー少佐の銃の腕前はヤン・ウェンリー級なのか?(笑)
演出自体は、主人公が背後から撃ってはいけない、と言うことで向き合って撃つ形にされたと聞いた事があります。 その話を聞くと個人的に思い出すのが、スターウォーズ(EPISODE IV)で、ハン・ソロが賞金稼ぎを撃ち殺すシーンです。オリジナルだとソロが後ろ手に銃を抜いて相手より早く撃つのですが、卑怯過ぎると言う判断なのか、特別篇では相手の銃を避けてから撃つと言う早業に変わっていました。
私はオリジナル版に思い入れがあり、綺麗事では生きていけない彼の生き方が分かるシーンだと思っていたので凄く不満だったのですが、やはりヒーローらしい行動の方が一般的に受け入れられ易いのでしょうね。
このSS、実は前半部分を抜いてアップしてます。 下敷きとして戦場でのセザールとのやりとりを予定していたのですが、肝心のセザールとリックの関係が自分の中で説明出来る形になっていないので……ばっさりカットです。
ちなみに前半の内容は、どんな銃撃戦になっても傷を負わない事から“神様のついてる男”だと験を担がれている、と言う説明でした。なくても話は通じるなと思ったのですが、タイトルの意味はなくなっちゃったな、と反省です。