五十音順キャラクター・ショートショート【に】
→ルールは2012年12月17日記事参照
兄さん、と呼ぶ声が確かに聞こえた。
そのお陰か、負けたのに妙に満ち足りた気分だ。
あらゆる人を裏切り、神に挑んで、結局なにも為せなかった。だが、もう何も羨んだり、妬んだりする気にならない。
本当に必要なものは、もう持っている。
死を前にした一瞬に、ニーバは物心ついてから初めて知る安らぎを感じ、その充足の中に落ちていった。
――つもりだった。
「……おい」
眼を閉ざしたまま、ニーバは傍らの気配に短く声を掛けた。生命が流れ出た体は、それをこなすだけでも酷く億劫だ。もう一言だって喋りたくない。
それなのに、相手は聞こえなかったふりをしているのか、ニーバが呼び掛けに込めた意を汲もうとしない。
仕方なく、ニーバはもう一度口を開いた。
「……俺は今、あいつと和解して、ちょっと格好いいこと言って、いい気持ちで死ぬところなんだ」
これまでの人生で、思うところをこんな赤裸々に話したことはない。死ぬからといって、話して聞かせる相手が誰でも良いわけじゃない。それを許したのは、ずっと自分の側にいた者への愛着だ。たとえ、それが仕組まれていたことだとしても。
「だから邪魔するな、サキュバス」
命令と、懇願と、ひとかけらの愛情をもって彼女の名を呼んだ。
女は死の淵からニーバの精神を掬い上げ、いま彼に生きる力を分け与えようとしている。
「バカね」
突然、予想もしていなかった言葉が返ってきたことに、ニーバは思わず眼を開けた。
「あなたは今、ドルアーガ様なのよ」
女が縋る不死身の悪魔の名に、思わず笑いが込み上げた。
「ドルアーガだって、死ぬ。知ってるだろう」
現に、最初のドルアーガも死んだ。その時は、彼女自身も滅びの危機を迎えていたとはいえ、身を分け与えてまで助けようとはしなかったはずだ。
何故なら――
「塔のシステムは死なないわ」
ドルアーガが塔を造り、塔がドルアーガを造る。
この地上が神々の遊び場である限り、悪魔は新たな形をとって蘇り続けるのだ。
そう、ドルアーガであるニーバが死ねば、また次のドルアーガが生まれる。
「いいの? 今あなたが死んだら、あの子が次のドルアーガ様よ」
瞬間、ニーバは背筋を使って飛び起きた。
「即刻生き返らせろ」
死ぬ気はすっかり失せた。
なに、人生に満足したからといって、その時点で死ぬ必要はない。生きていればまた別の生き甲斐も見出だせる。
こうして、三つ目のドルアーガの塔が生まれた。
二度あることは三度ある
……ニーバ(アニメ「ドルアーガの塔 〜the Sword of URUK〜」)
こういう話を書いておきながら、「ドルアーガ」は継承制じゃなさそうですけどね。
今回ニーバを書くにあたって、素の彼は結構バカなんじゃないかなと思って、「ちょっと格好いいこと言って」という台詞を敢えて入れました。