• 2009年02月10日登録記事

本記事はFLAMBERその1その2の続き。

今回は倉庫の役目を超えて、実際にサイトで公開していたストーリーを以下に収録しました。


【第一話 ザ・ライトスタッフ(あっ軽い人々)】

 某駅のロータリーから伸びる大通りを真っ直ぐ進み、二番目の交差点を右折して左手にある細長いビルの三階。
 美容室フランベルは、そんな場所にひっそりと存在している。

 現在、フランベルに所属する美容師は二名。
 一人はこの僕、高木宏文、通称ヒロ。
 平凡な人生に降って湧いた晴天の霹靂により、長年勤めた関東圏チェーンの美容院を退社。この春、立ち上げと共にフランベルへ移籍して早一ヶ月が経つ。新しい職場には慣れたし、有難い事に指名予約されることも増えてきた。
 今も、急遽予約が入ったとの連絡があり、ランチから戻ったばかりだ。休み時間を十分程切り上げることにはなったけれど、僕の足取りは軽い。勿論、指名料が貰えるという、僕のお財布に嬉しい副産物もあるけれど、指名予約はお客さんからの信頼の証。美容師としてこれほど名誉なことはないからだ。
 スタッフルームの扉を開くと、昼の陽射しが一瞬視界を白く塗りつぶした。
「あ、ヒロくん!」
 僕を迎えてくれたのは、アシスタントのハルだ。
 直ぐさま、出力したばかりだと分かる、熱を帯びた紙が渡された。
「はい、次のお客さんの資料です」
 カルテ――顧客管理をしているお店ならどこでも見掛ける、お客さんの髪質や接客の希望などを記録したデータだ。
 但し、フランベルの顧客カルテは、普通の美容室と大きくことなる点がひとつある。例外なく、アニメ系キャラクターのコピーが添付されているのだ。
「お客さんは‘合わせ’。双子キャラなんですよ。二人一緒にヒロくんご指名でカットとカラーのご希望です。イベントは明後日なので、セットのレクチャーもお願いします」
 美容師としてはそこそこ経験を積んだつもりだけれど、アニメを見ない僕にとって、ハルから与えられる情報はとても貴重だ。メモを書き留めながら耳を傾ける。

 そう、美容室フランベルは、アニメやゲームなど、架空のキャラクターになりきって楽しむコスチュームプレイを専門に扱う美容室なのだ。

 お客さん同士が同じ作品やキャラクターで揃えることを‘合わせ’と言い、特に店側の決まり事はないのだが、お客さんからの要望で一人の美容師が担当する事が多い。
 僕が‘合わせ’のお客さんを受け持つのは、今回が初めてのことだ。少しばかりの緊張を持って、キャラクターの確認をする。
 カルテの中から僕に微笑みかけているのは、双子という通り、同じ顔をした二人の――
「これ、男? 女?」
 お客さんは女性だったけれど、コスプレ対象が同性のキャラクターだとは限らない。間違いがないように、と至極真剣に聞いたつもりが、応えは吹き出す音だった。
「やだなぁ。どっから見ても男の子ですよ!」
 僕の疑問は、ハルの‘ツボ’を刺激したらしい。一番遠いシャンプーフロアまで聞こえそうな声で大笑いされてしまった。
 仕方なく、僕は余白に男の子と小さくメモをする。キャラクターの性別は、今ひとつ確信が持てない。年齢に至っては、難問過ぎてお手上げだった。
 でも、技術的なことは僕だってプロだ。資料を捲る内に、イメージが出来上がっていく。
 前髪は眉より上で揃えて、サイドは長めに。頭頂部から後頭部にかけては、レイヤーカットで髪に動きを持たせる。襟足は刈り上げたいところだけど、女性だからUピンで押さえるくらいが良いだろう。カラーは赤みの強いブルーベースのブラウンを用意。眉毛カットもした方が良いだろうか、などと組み立てていく内に、ある箇所が目に留まった。
「二人の差は髪の分け目の向きしかないみたいだけど、どっちがどのキャラクターって決まってるのかな」
 笑い止んだハルは、今度は唸りながら僕の手のカルテを覗き込むことになった。
「決まってたはずなんですけど、え−と……」
「向かって右分けがヒカル、左分けがカオル」
 僕らとカルテの三者で顔を見合わせていたところに回答を持って現れたのは、フランベルに所属するもう一人の美容師にして、この店の経営者(オーナー)レイさんだ。
 オーナーは入口を塞いでいた僕らの間を通り抜けると、コーヒーメーカーにカップを置いて、スイッチを入れた。指示を与えられた機械が豆を挽き、豆の香りを漂わせ始める。僕らへの指示がその後であるのは、何時ものことだった。
「あと、二人の髪色はピンクと青にする可能性もあるから、念のため粉用意しておくと良いんじゃないかな。なんにせよ、お客さんとよく相談して」
 キャラクター個別のイメージを重視するか、二人でシンメトリーを作る事を重視するか、‘合わせ’方はお客さん次第だから、と言うことらしい。
 それにしても。
「よくご存知ですね」
 僕が感心すると、オーナーはコーヒーメーカーから顔を動かさないまま、視線だけを一瞬ハルへ向け、口の端で小さく笑った。

「ハルとは違うのだよ、ハルとは」

「わーん、イジメだ」
 ハルは僻んでみせるけれど、それがポーズだと言うことを僕らは知っている。
 それに、同じキャラクターについて教えてもらう場合でも、オーナーとハルでは確かに切り口が違うので、どちらの意見も僕にとっては重要だった。
「ところで、さっきの台詞もなにかのキャラクターですか?」
 珈琲の注がれる軽快な音が、僕とオーナーの間を通り過ぎていった。
「……いや、別に」
 十分過ぎる間を持っての応えは、いつも通りのオーナーの調子だ。感情の起伏を表に出すことは滅多にない。代わりに、ご注進、とハルの肘が僕の脇腹の辺りを突っつく。
「ヒロくん、あれ嘘だからね」
 マグカップの底に隠れて、表情はよく見えなかったけれど。
「僕もそれはわかるなぁ」
 もっとも、オーナーは僕らがどう思おうと、意に関せぬ素振りを崩すことがないのだった。
 不意に、受付フロアから、ちりん、とドアベルの鳴る音がする。僕らは再び顔を見合わせた後、慌ててスタッフルームを飛び出した。

「いらっしゃいませ!」


触れているキャラクターは桜蘭高校ホスト部。ヒカルとカオルの髪は、最近また色が変わったので早くも内容が古くなってますが……
「ハルとは違う〜」の台詞は勿論、ガンダムです。