• 2012年03月08日登録記事

いまさら宙組公演「記者と皇帝」SS。


 その日、ブライアン・オニールが帰宅すると、オニール家は名士の屋敷と思えぬ混乱の最中にあった。屋敷中の荷物を引っくり返しているような物音と、時折、金糸雀を絞め殺すような甲高い悲鳴と啜り泣きがする。まるで珍獣小屋の有様だった。
 女中をつかまえて何事か確認していたブルース・レッドマンに視線を向けると、よく心得た部下は直ぐに異変の説明を始めた。
「お嬢さまのお気に入りの役者が急死したそうで」
 その時、口上を遮る騒々しい足音が階段を駆け下りて来た。視線を上げたブライアンは、そこにドレスの裾を捲り上た妹、クリスティの姿を確認した。
「レッドマン、今直ぐニューヨーク行き列車のチケットを用意して頂戴!」
「はい、お嬢さま」
 レッドマンが慇懃に頭を下げる。
 だが、ブライアンは緩く首を振って、その命令を撤回させた。
「レッドマン、クリスティに必要なのはチケットでなく鎮静剤だ」
 彼の喋り方はいつも断定だった。それは、彼が既に決定した事柄を口にしているためだ。
「畏まりました、ブライアンさま」
「お兄さま!」
 妹に関しては、少々甘やかし過ぎたと思っている。移民の男に熱を上げるなど、オニール家の令嬢に相応しい振舞いではない。
「お前が出席する葬儀は別にある」
 先程、州会議場で受け取った電報をクリスティに差し出した。それは、西海岸でも指折りの名家キング家の家長が逝去したことの知らせだった。
 クリスティの成すべきことは、まず葬儀に出席すること、そして留学先から戻ってくるアーサー・キング・ジュニアと結婚することだ。
「務めを果たしなさい」
 特権階級に産まれた者は高潔でなければならない。それが、ブライアンの信念だった。


唯の悪役ではないブライアンというキャラに、色々妄想を刺激された舞台でした。
彼は、ノブレス・オブリージュを知る人だと思います。ただ、厳格過ぎて、他人に理解されないタイプじゃないかな。

「ヴァレンチノ」と「記者と皇帝」は本当は時代設定が合わない筈ですが、作中の台詞でリンクさせてくれていたのが嬉しかったので、こういうネタになりました。