• 2015年11月06日登録記事

鯨統一郎著「新・世界の七不思議」「新・日本の七不思議」

「邪馬台国はどこですか?」のシリーズ作品。
1作目と比べると、正直見劣りしました。

「世界」は「邪馬台国」と同様、バーの中での歴史バトルですが、今回は最初に仮説を持って来るのでなく、静香たちの話を聞きながら宮田が新説を提示していくという形式で、前巻との差異を打ち出しています。
展開の都合上、まずは基本的な知識が提示されます。世界の謎というだけあって取り扱いが広範囲で、1作目ほど「誰もが知っている定説」を覆す展開ではないことから、このような構成にしたのかなと思います。実は私もストーンヘンジやモアイ像については全然知らなかったので、勉強になりました。
また、バーテンダー松永の代わりに語り部を務めるジョゼフ教授が無事京都に行けるのか?という観点でも楽しめるところがありました。

一方、「日本」では静香と宮田がバーの外に出て、これまでの仮定を立証していくようなフィールドワーク形式をとっています。一部、バトル相手が登場する話もありますが、静香のような激昂する人物はいないので、非常に大人しい印象でした。
非常に残念だったのが、静香と宮田が勝手に——すなわち読者に断りなく、親密になっていたことです。2人の人間関係は、前巻までは歴史バトルを成立させるために用意された、ある種「舞台装置」でした。それが変化したのに、肝心の理由が描かれておらず、「京都である事件に巻き込まれたから」というフリだけで終わってしまっているのです。変化の必要がない装置に変化を加えるなら、そこを物語で見せてこその小説でないのかな、と思います。
また、扱う話題も微妙です。万葉集(柿本人麻呂)の話と、空海の謎は、「言われてみれば」と疑問点が出てきて興味深かったですが、他に奇抜な内容はありません。真珠湾攻撃や原爆投下の是非に関しては、もはや「キャラクターが歴史の謎を解く」のでなく、単なる作者の私見披露になっていて、少々辟易しました。

個人的に一番問題だと思ったのは、1作目「邪馬台国」を宮田が書いた本だと設定したことです。
そもそも「邪馬台国」はバーテンダー・松永の視点で書かれています。本の中で松永は静香への憧れを抱いていましたが、その「マドンナ」をモノにした人間が、顔見知りの男を主人公に、彼女への慕情を抱いているが相手にされない、という設定で作品を書くというところに、なんだか嫌な気持ちを覚えました。フィクションといっても、作中の登場人物同士はお互いにとって実在の人物です。松永がその本を手に取って読んだら、どう感じるでしょう。

2巻とも、巻頭の一文は面白かったので、引用で示させて頂きます。

この作品がノンフィクションであるという保証はどこにもありません。
「新・世界の七不思議」

フィクションなのか、ノンフィクションなのか、それが問題だ。
「新・日本の七不思議」

ハムレットのパロディは使い古された手法だけれど、「世界」はお決まりの文句だと一瞥した後、「んん!?」と思って読み直させられました。