• 2009年07月04日登録記事

 黒い早馬は訃報を運ぶ。
 知らせを受け取ったケマ部族の長カリョは、深く息を吐いた。哀しみの裏に安堵が忍ぶ、長い溜息だった。
 終わった──ようやく終わったのだ。
 頭脳明晰で武勇に優れ明るい息子は、彼の誇りだった。高句麗の王座も、夢ではないと信じていた。だからこそ、その栄光を掴ませるため、良心をも捨てたと言うのに。
 カリョは忘れない。息子が自らを偽物だと言い放った瞬間の昏い瞳を。その時、彼は犯した過ちを知ったのだ。
 だが、止められなかった。
 坂道を転げ落ちる鞠をどうして止められよう。ましてや、突き落としたのは自分だ。
 鞠は転がり落ちるうちに見る間に汚れ、遂に終焉という池に落ち、沈んだ。
 すべてが終わったことに安堵する自分は、結局王父の器でなかったのだ。そして、息子も。
 栄華を誇ったこの家も、息子が行き着いたのと同じ池に沈みつつある。鼻の効く鼠たちが逃げ出した邸宅は驚くほど静かな空気を宿し、カリョは久方ぶりに何物にも邪魔されない時間を手に入れていた。
 今、最後の幕を引くため、カリョは毒の杯を持ち上げ、亡き妻に乾杯した。


何作か書いた花組版「太王四神記」公演SSの中で、実は一番始めにネタ出ししてあったお話。感想がそこまで辿り着いてから、と思っていたら書くのが遅くなりました。
星組版で役者が変われば、(役者自身の解釈も違って)キャラクター印象も変わるかも知れませんので、東京公演が楽しみです。

尚、タイトルはわざとなので、ご了承下さい。