- 分類読書感想
山本幸久著「床屋さんへちょっと」
【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
真面目一徹に働き続けて老いた宍倉勲は、墓を買おうと、思い入れのある土地に新たにできた霊園の見学に出掛けた。そこから、勤め先での一コマ、家出した娘を迎えに行くため夫婦で乗った列車、潰してしまった会社の日々などが蘇る。
一人の男と家族が描かれた物語。
人生にはどうにもならないことや、理不尽で辛いこともあって、それでもたまには幸せもある、と気付かされる作品です。
主人公の人生を、過去へ遡るかたちで描いていく構造の連作小説……と思わせておいて最後に裏切られ、これはつまり、勲の走馬灯だったのだと私は解釈しました。
どれも、ごく普通の家族が、ごく普通に生活している中で遭遇する一場面です。
それゆえドラマチックな展開があるわけではなく、冒頭の「桜」「梳き鋏」は正直退屈しましたが、「マスターと呼ばれた男」辺りから面白くなって、終盤は愚直な勲の不器用で優しい魅力を、しみじみ味わいました。
表題作以外でも、全話(文庫書き下ろしの「歯医者さんはちょっと」除く)、床屋または散髪シーンが出て来るのですが、内容にはほぼ関与しないため、最初は気付きませんでした。地味なタイトル回収が面白いです。