• 2015年08月11日登録記事

多田容子著「やみとり屋」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
生類憐みの令の圧政下、春之介と万七郎は、向島で鳥を密猟し喰わせる隠れ宿「やみとり屋」を営んでいた。悪政に反発する浪人が集まる店では、やがて幕府転覆の計画が練られるようになる。二人は目付に追われ江戸を脱出しようとするが、常連客だった隠目付により捕縛される。隠目付は、無図の春之介に幕府を守るため不満の捌け口として宿を作る密命があったと読む。

綱吉時代の江戸を部隊に、上方出身の二人が漫才をしているような時代小説。

面白かったです。
やみとり屋の二人が密告されて、逃げつつ常連の中の裏切り者を探すようなミステリー仕立てを想像していたのですが、どちらかというとしゃべり(ボケと突っ込み)の「言部流舌法」がまず第一に有る、意外な設定でした。
読み直してみると、紀文屋と花魁だとか、万七が剣を習った神咲の爺だとか、必要がないと思われるその場限りのエピソードがあったり、なぜ最後に春が刺されたのか腑に落ちないところはあるのですが、漫才なんだからそれで良いんだ、と言われればそうかと頷けます。
やみとり屋に集まる男たちが、個性的で面白いのです。
春と万七は、某お笑いコンビがモデルということで、読み返せば確かにあの二人を想定して書かれていることが分かります。
私は、モデルの彼らについて、TVバラエティのトークをしている姿しか見ておらず、暴力的だとか下品だという印象を受けて苦手だったのですが、本作の春と万七はスッと受け入れられました。
特に面白いと思ったのは、ボケ役の春之介です。
なんせ、一人称視点で語る主人公であり、過去も明らかなのに、何一つ本当のことがわからないのですよね。
恐らく、隠目付・香取が語った意図は外れていて、本当に作為はなく、単に気の向くままだったと思うし、「言部流」の教えも、自分で考えた作り話の可能性が高いと私は感じましたが、その印象も読み手によって異なるだろうという点が、春という人物の面白さなんだと思います。