• 2016年04月29日登録記事

宮下奈都著「田舎の紳士服店のモデルの妻」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
梨々子は鬱病で会社を辞めた夫に従い、二人の子供とともに夫の郷里で暮らすことになった。望まぬ田舎行きへの苛立ち、夫とのすれ違い、子育ての迷い、秘密の恋のときめきを経て、梨々子は「主役」から逸脱した自分の生きかたを肯定していくようになる。

説明的なタイトルだと思ったのに、そこから予想することができないお話でした。

描かれているのは、田舎への引っ越しから10年の生活。
エピソードは2年ごとに語られるため、空白が生じるのですが、それが気にならない繋ぎと、感情の繋がる描写が巧みです。
ママ友から餞別に渡された十年日記を書く際、自分自身への見栄が出たりするのはちょっと頷けました。

読み始めから半ばくらいまでは、梨々子の性格にイライラしました。その理由は、自分の嫌なところを見せられるような、普遍的な人間の弱さがあるからだったと思います。
ただ、普通の人は、夫が鬱になったり、子供に問題が生じたら、もう少し懸命に「なにか」しようとするのでないでしょうか。梨々子は常に他人事のような突き放した距離感があって、それがずっと違和感でした。
8年目辺りから梨々子がしっかりしてきて、確固たる人間としての強さを発揮するので、以降は読み易かったです。でも、なにが切っ掛けで梨々子が変わったのか、読み取れなかったのは残念。8年目の達郎の言葉「僕たちみたいに」が契機なのでしょうけれど、以前の梨々子なら、この発言は不快だったのでないでしょうか。

主人公には寄り添えなかったものの、感情の揺れなどは非常に繊細で、読ませる文章です。
でもどことなく哲学的であったり、やや自己完結している風もあって、鼻につくところもあるかな……。
なんとも言い表し難い感想になりました。